ドラえもん「道具を使って本気で戦いたいだって?」【前半】
――7月13日、朝――――――…
ドラえもん「こらっのび太!起きろ!遅刻するぞ!」
のび太「…もーいいじゃん行かなくたってさぁ、あと数日で夏休みなんだから…」
ドラえもん「………そのまま起きずに死ねばいいのに」
のび太「…あ?」
ドラえもん「大体君は中学生になったというのに、無責任というか無神経というか」
のび太「あ?どっちが無神経だよ。居候の分際で死ねとか言っていいと思ってるの?」
ドラえもん「『あ?』て…誰に向かって口聞いてんのさ。せっかく起こしてあげたのに」
のび太「あ?」
ドラえもん「そんな性格で歴史を都合の良いように変えるなら君は粛清されるべきだと思うよ」
のび太「あ?何言ってんのウスラハゲダヌキ」
ドラえもん「君は歴史の汚物であり僕の人生の汚点だからただちに殺すね」
のび太「お?お?やんのかタヌキ?お?」
ドラえもん「しょうがない奴だなぁ…苦しまないように瞬殺だよ」
ドラえもんが四次元ポケットに手をつっこむと同時に
すかさず押入れにあったスペアポケットに手を伸ばすのび太
のび太〈……何か道具で……距離をとらないとッ…!〉
ドラえもん「熱線銃~」てってれっててってってーー
のび太「ウワァッ!!?」
のび太が道具を取り出した瞬間、ドラえもんが引き金をひく…!
部屋は眩く光り、家は一瞬にして炭と化した
ドラえもん「ウフフフフフフフ…!」ガラガラガラ・・・
のび太「shitッ!タケコプターで窓から飛び出していなければ死ぬところだった……!」
ドラえもん「shitって……勉強してないくせに、そんな汚い英語はおぼえているんだね」
のび太「しつけが悪いのさ。それよりいいのかい?僕はスペアポケットを持っているんだよ?」
ドラえもん「君は実に馬鹿だなぁ」
ドラえもんの顔がニヤリと歪む
悪寒を感じ取ったのび太はとっさに身構えた
ドラえもん「あははははははは」
ドラえもんは狂気に満ちた笑い声をあげながら
勝ち誇った顔でフラスコ瓶を見せ付ける
ドラえもん「ハイこれ何でしょう」
のび太「それは…『ウソ8OO〈エイトオーオー〉』」
※ウソ8OO〈エイトオーオー〉
言った事が全てウソになる薬
以前、これを飲んだのび太の独り言によって
未来に帰ったドラえもんが再びこの時代に戻ってきた
二人にとって感慨深い道具である
ドラえもんは瓶の蓋を開け、『ウソ8OO〈エイトオーオー〉』をゆっくりと飲み干す…
ドラえもん「のび太君は生きる」
のび太「…!!」
ドラえもん「のび太君は楽しみながら生きるよ」
満面の笑みを浮かべながらドラえもんは続ける…
ドラえもん「のび太君は生き続ける」
ドラえもん「のび太は永遠に生き続けるよ」
のび太「――――――ッ」
ドラえもん「君は…おっと!!」
とどめの決め台詞のひとつや二つ浮かんだのであろうが
ウソ8OO〈エイトオーオー〉の効果でのび太が生き返ってしまっては元も子もない
ニアミスな発言は控えるべく、ドラえもんは衝動を押し殺した
ドラえもん〈これで君は……死んだッ!!!〉
ドラえもん〈ウソ8OO〈エイトオーオー〉を飲んで言った事は必ずウソになる〉
ドラえもん〈この嘘には絶対に逆らう事が出来ない…〉
ドラえもん「……それなのに……君はなんで生きているんだァァーーーッ!!」
動揺するのも無理はない
嘘をついたにも関わらずのび太は平然としていたのだから
のび太「………」
のび太は手帳に何かを書き始める
ドラえもん「答えr……るなッ!!ええい、ややこしいなぁ!!」
ドラえもん「どうやってウソ8OOから逃れたんだッ!?のび太ッ!!!」
のび太「…相当うろたえている様だけど、君が何を言っているのかわからないな。」
のび太はドラえもんの怒鳴りを他所に
持っている缶ジュースの蓋を開けて飲み始めた
ドラえもん〈な…何だのび太のやつ…缶ジュースなんか飲んじゃって…余裕のつもりか…?〉
ドラえもん〈い…いや…ジュースなんていつ買ったんだ?…いつから…缶…?〉
ドラえもん「……缶ジュースだってェェッ!!?」
のび太「2分17秒、気付くまでの時間だ。ドラえもん、『君は実に馬鹿だなぁ』」
ドラえもん「その缶ジュース、『吸音機』だなッ!」
吸音機
周囲の音を全て吸収し、蓄えておくことができる道具である
音が伝わらなければ声を出していないのも同然、ウソのつきようがない
のび太〈君がもし人間なら……『自分の声が聴こえていない』時点である程度の憶測が立てられただろうに……〉
ロボットの場合、自分の声を発する際に内容をプログラムで認識してしまうため
『自分の発した音声を再び拾い処理する』という習慣が疎かになっている……
まして〈自称〉高級ロボット、身体機能の不具合あらば内部で認識できる彼にとって、その習慣ほど不要な物は無い
ドラえもんの盲点を突いたのび太の防衛策であった
ドラえもん〈……驚かされたけど……中身を飲んだ今なら音が伝わるだろう!?甘いねのび太!!〉
ドラえもん「のびた!!生き…」
のび太「『あははははははは』」
ドラえもん「!?」
のび太「『ハイこれ何でしょう』」
ドラえもん「そ…それは!!」
のび太「『それは…ウソ8OO〈エイトオーオー〉』」
ドラえもん「!!?」
のび太の手にはウソ8OO〈エイトオーオー〉
そしてもう一方の手に握られたスペアポケットから『鏡棚』が頭を覗かせていた
ドラえもん「どうしてだ!『フエルミラー』じゃ未来デパートで買った商品は増やせないぞ!?」
のび太「自分の道具をろくに把握できてないくせに、何とかなると思ってるから君は道具の扱いに機転を利かせる事が出来ないんだ」
のび太「これは『フエルミラー』じゃなくて『あべこべ世界ミラー』さ」
※あべこべ世界ミラー
現実と全て反対の『あべこべの世界』へと続く鏡
『あべこべの世界』では現実世界と同じ人間が存在している上に、皆の性格が逆になっている
のび太「さっき君がうろたえている時、『予定メモ帳』にこう書いたのさ」
今日、『あべこべ世界ミラー』の世界から来たドラえもん が
起床前のドラえもん に
押入れ で
『ウソ8OO〈エイトオーオー〉』と『水』をバレないよう交換し、後で鏡越しののび太に渡す
ドラえもん「じゃあさっき僕が飲んだのは…ッ!」
のび太「得意そうにただの水を飲んじゃって。あははははは」
ドラえもんの顔が怒りでみるみる赤くなっていく…!
のび太「書いた予定通りになる『予定メモ帳』、こう使えば不都合無くちょっとした歴史も変えれるのさ。」
のび太「本来ならすぐにでも機能停止させれたんだよ?どんな気分だい?」
生意気な口調で煽り、余裕の表情を見せるのび太だが
内心煮え繰り返っているのは、むしろ彼の方であった
タイムマシンで全て元通りになるとは言え
死ねと言われた挙句、両親と自宅を粉々にされたのだ
ドラえもんのプライドを完膚なきまでにズタズタにしなければ気がすまなかった
のび太「チェックメイトだよドラえもん」
のび太はそう言い終えた後、ウソ8OO〈エイトオーオー〉を飲み干した…
ドラえもん「のび太はshi」
のび太「のび太は死ぬ、アトカラホントは壊れない」
ドラえもん「くっ…」
※アトカラホント
言った事が後で本当になるくちばし
のび太「タンマウォッチは壊れない」
先ほど使ったあべこべ世界ミラーや予定メモ帳をはじめ
地球破壊爆弾、原子核破壊砲、人生やりなおし機、ジャンボガン、ハツメイカーetc…
逆転の手を無くすべく、思いつく限りの危ない道具とその類似品の名前を述べていく
ドラえもんも負けじと『安全ガス』や『相手ストッパー』等を取り出し、反撃の機会を窺ったが
のび太によりあらゆる手段を封じられてしまった
のび太「『のぞみ実現機』も壊れない、ドラえもん、ラストだ」
ドラえもん「ラスト?君、『ラスト』って言ったの?」
ドラえもん「うふ、ウフフフフフフ…くくく…」
ドラえもん「あいかわらず最後に間の抜けたミスをするなぁ」
のび太「……しまったっ!!」
のび太が最期と言ってもそれは最期にならない
ウソ8OO〈エイトオーオー〉の効果が続くかぎり…
ドラえもん〈言った嘘が後で本当になる『ソノウソホント』――――――君はまだこの名を述べてはいないッ!!〉
ソノウソホントを飲み込むドラえもん
のび太「ドラえもんが…!!」
ドラえもん「のび太が…!!」
ドラえもん、のび太「今飲み込んでいない道具の効果は…
ドラえもん、のび太「切れない!!」
お互い道具を封じる為に
全く同じタイミングで言葉が発せられた……!
両者予想外の展開に
精神的な疲労が額に滲み出す……!
のび太〈これで振り出しか……次の手は一体どう出るか……〉
ドラえもん「君がどうあがこうと関係の無い処刑方法を思いついたぞ…!!」
のび太「何ッ!?」
のび太が次の一声を発するより先に
ドラえもんは姿を消した
――7月13日、朝――――――…
ドラえもん「こらっのび太!起きろ!遅刻するぞ!」
のび太「…もーいいじゃん行かなくたってさぁ、あと数日で夏休みなんだから…」
ドラえもん「………そのまま起きずに死ねばいいのに」
のび太「…あ?」
ドラえもん「大体君は中学生になったというのに、無責任というか無神経というか」
のび太「あ?どっちが無神経だよ。居候の分際で死ねとか言っていいと思ってるの?」
ドラえもん「『あ?』て…誰に向かって口聞いてんのさ。せっかく起こしてあげたのに」
のび太「あ?」
ドラえもん「そんな性格で歴史を都合の良いように変えるなら君は粛清されるべきだと思うよ」
のび太「あ?何言ってんのウスラハゲダヌ…うわぁッ!」
のび太が文句を言い終える直前
真上から青い物体が現れ、覆いかぶさって来た
ドラえもん「ぼ…僕がもう一人…!?」
のび太の上にもう一体のドラえもん…
青天の霹靂
状況をいち早く理解したのは現代のドラえもん
ドラえもん「なるほどね。『タイムベルト』を使って僕の手助けをしに来てくれたのか^^」
未来から来たドラえもん「その通りッ!今すぐ殺るんだッ!今なら歴史の修正が出来るッ!」
ドラえもん「のび太君、君は歴史の汚物であり僕の人生の汚点だからただちに殺すね」
のび太「ドラえもん…『タイムベルト』を使って過去に遡るなら…」
未来から来たドラえもん「ウォォォォッ!?」
のび太に覆いかぶさっていた未来のドラえもんが
突如、宙に浮かび上がり消えていく…!
ドラえもん「!?」
のび太「僕の動きを封じてから遡らないと……『現実ビデオ化機』で今日の時間を巻き戻した…ッ!」
のび太「間一髪だ…!過去の自分が殺されちゃったら元も子もない…!」
※現実ビデオ化機
時間をビデオのように早送りしたり巻き戻したり出来る、類似道具多数
この道具の恐ろしい点は、時間を巻き戻しても使用者の記憶はそのままであること…
ドラえもん「のび太…、何回過去を遡った?」
のび太「………」
ドラえもん「『何巡目』かと聞いているんだッ!答えるんだッ!」
ドラえもんが四次元ポケットに手をつっこむと同時に
すかさず押入れにあったスペアポケットに手を伸ばすのび太
のび太〈『過程』は変わった…だけど『結果』は…!?〉
ドラえもん「『熱線銃』だッ!粉々にしてやる!」
直後 部屋が眩く光り、家は一瞬にして炭と化した…
ドラえもん「ウフフフフフフフ……!」ガラガラガラ・・・
のび太「さっきと同じだ…!タケコプターで逃げれるところも…」
ドラえもんとセワシが初めて来たとき言っていた…
のび太がジャイ子と結婚しようが、しずちゃんと結婚しようが
孫の孫であるセワシという存在が生まれてくる『結果』は変わらないのだ
のび太「つまりさっきの時間軸で壊した道具も……故障か何かが原因で壊れるという『結果』は変わらない…」
ドラえもん「ほう、だが少し違うんじゃあないか?君が使うはずの『現実ビデオ化機』も粉々だ」
ドラえもん「この有様じゃあタイムマシンも故障かな、君は時間の逆行が出来ない」
のび太「…!」
ドラえもん「苦しそうだね、余計に悪い『結果』が増えたみたいで良かった」
家が崩れ、眼下の両親が死にきれず悶える様子を見ながら
ドラえもんが不敵に微笑む…
――――――怖い
のび太は先の見えない不安と
今までにないおぞましい表情を見せるドラえもんに恐怖した
圧倒的な天敵が今まさに一つの生命を蹂躙しようとしている…!
非力な動物が本能的に取る行動はひとつしかない
のび太「…うわーん外道ハゲダヌキ~~!!」
ドラえもん「親不孝物で臆病者で君はほんとどうしようもない人間のクズだなぁ」
逆転する機会を自身の手で失った事による一時的な戦意喪失と恐慌…
全速力で逃げ出すのび太をよそに
ドラえもんは瓦礫に埋もれかけたのび太の両親に銃口を向けた
ドラえもん「Good Night!トーチャン、カーチャン」
ズチュ―――z___ン!
ドラえもん「それにしても実にバカだなぁのび太は。どこでもドアがあればすぐに追いつくことが…」
ドラえもん「…ちっ…ポケットに無い……さては僕が熱線銃を撃ったとき爆風に巻き込ませたな…」
―――裏山―――
のび太「た…たすかった…はやく…ジキルを…」
スペアポケットから『ジキルハイド』を取り出し、それを手のひら一杯に出して飲み干す…
一錠飲めば10分の間、性格が逆になる秘密道具である
のび太が以前飲んだ時は血の気が多い性格になったのだが…
のび太「あそこで逃げたのは臆病ながら良い判断だ…」
のび太「あんなにチャンスがありながら………僕はあまりに未熟だった…」
ドラえもんが日々どれほど不満を募らせていたのか、自分が逃げた後に両親が撃たれたか
今、のび太にとってそんなのはどうでもよかった
これまでにない命の危機に直面し、パニックに陥った今
ジキルハイドは想像以上の効力をもたらし、先刻以上の冷静さと判断力を彼に与えたのだ
のび太「僕がすべきことは…」
のび太「あの暴走したドラえもんを無力化&和解してさっさとこの惨劇を終わらせる事だ…」
のび太「しかし、こんな事になってもタイムパトロール達が未だ出動していない所をみると……」
のび太「このまま何も行動を起こさなければ、都合の良い様に時間を埋め合わされた地獄の日々が待っているのだろう。」
のび太「そんな未来、冗談じゃあない」
のび太「僕は勝つ未来を選ぶ」
のび太はスペアポケットから『とりよせバッグ』を取り出した
のび太「今、一番危険な道具はこの『とりよせバッグ』だ」
のび太「これをとられたら、今この手に持っているスペアポケットや取り出した道具の全てを奪われてしまう…」
のび太「逆に、こいつを先に確保してしまえば…!!」
ゴソゴソ…
のび太「あった…!やったぞ!ドラえもんの四次元ポケットを取り寄せた!」
スペアポケットもドラえもんのポケットも
今やのび太の手の内…
数世紀先から来た未来のロボットと言えど
道具の全てを奪ってしまえば赤子同然である
のび太「とは言え…凶悪な武器が使えなくなるという『結果』は変わらない…」
のび太は試しに四次元ポケットからジャンボガンを取り、引き金を引いたが
カチカチと音を立てるだけであった…
のび太「タイムマシンが壊れたままって事もないだろう、直ったら色々と厄介だ」
タイムマシンが直る前にドラえもんを取り押さえなければならない
例えばドラミが介入し、新たなスペアポケットを補充されると厄介な事になるからだ
そのため、なんとしても道具を四次元ポケットから他の場所へ移さなければならない
『壁紙ハウス』を木に貼り付け
続いて思いつく限りの道具をポケットから次々に取り出していく…
この『壁紙』、中に入ることで絵の中の建物が使えるようになるのだ
のび太「必要な道具はこの『壁紙ハウス』の中に入れておけばバッグでいつでも取り出せる」
のび太「そしてこの道具、故障したとも限らない…これらは今のうちに完全に壊しておこう…」
水圧銃、ショックガン、チッポケット二次元カメラetc…
近いうちに故障する危ない道具とその類似品
そして『四次元ポケットを確保』というベストな結果を歩んだ今、時間を逆行できる道具も必要無いので
一通り取り出して処分していく
のび太「全くあきれるよ。こんなの僕の更生に必要無い道具ばっかりだ。アイツ本当は犯罪者なんじゃないか?」
何時、ドラミの介入があっても対処できる様に
ポケットから必要な道具だけ取り出し『壁紙』に確保しつつ
危険な道具は壊していく
一見順調にいくかと思われたが
妙な違和感と焦りが頬へと駆け巡る…
のび太「おかしいぞ……さっきまで『壁紙ハウス』の中には溢れんばかりの道具が入ってあったのに……」
道具の処分に夢中で気がつかなかったが
壁紙の中に確保してあった道具が明らかに減っていたのだ
考えられる理由…
取り寄せバッグで四次元ポケットを奪う前…
つまり、先ほど自宅から裏山に逃げている間に
ドラえもんもポケットから何か必要な道具を確保していたに違いない
その『何か』
冷静なのび太がまず確保した『とりよせバッグ』と似たような能力の道具……
のび太「『なくし物とりよせ機』だ…あいつ、僕が確保した道具を密かに横取りしているのか!?」
直後、握っていた四次元ポケットが消える…!
のび太の疑念が確信へと変わった…!
のび太「……ドラえもんと話し合って何とか和解したかったけれど……悠長にしている暇は無いようだね……」
のび太「後で修理してやるよ……だからドラえもん!かなり荒っぽいけど……君を『壊す』ッ!!」
のび太はドラえもんの機能を停止させる為
取り寄せバッグの中に手を突っ込んだ!
狙うはもちろん『心臓部分』
ドラえもんの『動力源』である……!
のび太「掴んだぞッ!!ドラえもんの『動力源』ッ!!」
しかし……!
のび太「こ……怖い……!!」
ドラえもんの『動力源』を掴んだにも関わらず
のび太は自分の元へ手繰り寄せる事が出来なかった
のび太「た……ただの恐怖心じゃあ無い…!『他人の内臓』が途轍もなく怖いと感じた………!!」
のび太「ドラえもんの奴……まさか『苦手つくり機』を横取りして僕に動力源を触らせないよう設定したのでは…!?」
※苦手つくり機
一人につき一つ苦手な物をつくる事が出来る
片方のボードに人の名前
もう片方に苦手にさせたい物の名前を書いて機械を作動させると
その人はその物が苦手でたまらなくなる
のび太「な……なら尻尾だ……あいつの尻尾を引っ張れば電源が切れる筈……!」
のび太は再び
取り寄せバッグの中に手を突っ込む……!
のび太「………握れない!『ひらりマント』でも括り付けているのか……!?」
のび太「こ……これじゃあドラえもんを止める事が出来ないじゃないか……!」
のび太「やはり『動力源』を奪うしか………だけど怖いッ!!触りたくもないッ!!」
恐怖心を煽られたのび太だが
先程服用した『ジキルハイド』の効力により、すぐに平常心を取り戻した…!
のび太「……ドラえもんも道具の使い方がなっちゃいないな……!」
のび太「それなら……『苦手つくり機』を奪うまでだ!!」
のび太は恐怖心の元を解く為
今度は『苦手つくり機』を取り寄せようと試みる…
しかし…!
のび太「うおォ!!」
バッグに突っ込んだ手が強力な力に引きずられ
同時に鈍い痛みが襲ってきた!
のび太「こ…これはッ!!マズいぞッ!非常にマズいッ!!」
鈍い痛みが鋭い痛みへと変わる…!
指先の爪が剥がされ、指がねじ折られ、一つ一つの肉が引きちぎられていく!
のび太は勢い良くバッグから腕をひっこぬいた
悲痛な叫び声が裏山に響き渡る…
のび太〈何て事だ…手が引きちぎられてしまったぞ…ドラえもんも自ら確保した道具を守っているーーーッ!!〉
千切られた片手を
『タイムふろしき』で元に戻しながら、のび太は冷静に分析する
『とりよせバッグ』は取り寄せたい物体に対して手一個分まで迫る事が出来る道具
それが瞬時に阻止されたとなると自動操縦〈オートマチック〉型の道具で守られている事になる
のび太〈横取りした道具を含め、ひとつにまとめて置いて『玩具の兵隊』か何かで守っているのか…?〉
※玩具の兵隊
握りこぶし程の小さな兵隊の群れを使用者の命令通りに動かせる道具
機械的な瞬時の感知、手に受けたダメージ…
のび太の仮説はほぼ正解だった
だがそれはもうひとつの不安を意味する
のび太「道具を取り戻そうとしたら体ごと向こうに引きずり込まれてしまうかもしれない…」
のび太「逆にドラえもんはこっちの道具を横取りし放題……立場が逆転した!対処しなければ!」
のび太「道具が奪われても、僕の元に戻ってきてくれれば万事解決だ」
のび太「『あなただけのものガス』を…確保してある道具に吹きかけるッ!」
『あなただけのものガス』のスイッチを捻り、壁紙の中に放り込む事で
『なくし物とりよせ機』による脅威を何とか対処した…
しかし、のび太は焦った…
いくつかの道具をドラえもんに奪われたのは相当の痛手である
恐るべき事態に対処する為、『タイムホールとタイム取り餅』を使い
急いで過去のドラえもんから『なくし物とりよせ機』を奪う必要があった
※タイムホールとタイム取り餅
『タイムホール』で過去の映像を映し出し、さらに映っている物を『タイム取り餅』で奪うことが出来る
※ほぼ同じ効果の類似品として『タイムめがね、タイムてぶくろ』が存在するが
『タイムホール』は場所を指定出来るのに対し、こちらは『タイムめがね』で覗いた物や場所のみ過去を映し出す
ドラえもん「………こんなところにいたのか。一発でビンゴだ!」
のび太「ドラえもん!?どうしてここがわかった!?」
ドラえもん「『玩具の兵隊』で君を引きずり込む事は出来なかったが……付着した土埃から大体の見当はついた……!」
のび太〈遅かった!!先に見つかってしまうとは…!〉
ドラえもん「四手…遅れたようだね。四次元ポケットを奪って慢心するからだよ」
のび太「まさか『なくし物とりよせ機』を密かに確保してるとは思わなかった…」
ドラえもん「だろうね。そこで僕は君の次の手を予想したよ」
ドラえもん「もし君が『タイムホール』を使って、過去の僕から『なくし物とりよせ機』を奪ったら…」
ドラえもん「道具を横取りした過程を全て無かった事に出来るんじゃあないかってね」
――ドラえもんの世界
例えばのび太がテストで悪い点数を取ったので、タイムマシンで過去の自分に答案を渡しに行った場合
答えを渡されたのび太は悪い点を取らなくなるので過去に遡る必要が無くなる。では元ののび太の記憶や存在はどうなるのか?
いくつかの時間旅行を取り扱った作品では、この『パラドックス』を簡潔に説明する為
『過去を干渉されていない世界』と『過去を干渉された世界』に分岐する概念を取り入れているのだが
ドラえもんの世界の場合、パラレルワールドという概念は『もしもボックス』等、並行世界を行き来出来る道具でしか発生しない
タイムマシン等で過去の歴史を変えた場合、『過去を干渉された世界』が基準となり
並行した別世界に分岐するという事が無いのである
そして過去に干渉しても何々が誕生する、発生する等の微妙な『結果』はその限りではないので多少のパラドックスは埋め合わされる事になる
上記の例で言うと、元ののび太の記憶は『テスト前に未来から来た自分に答案を渡されたが
結局、何らかが要因となり過去の自分に答案を渡しに行くはめになった』という新たな記憶に改変される
詳細はタイムマシンを使って過去の自分に干渉してる回とか大魔境とか鉄人兵団とかを参考にね――
ドラえもんは『タイム手袋』を装着し、『タイムめがね』をのび太に向けた
ドラえもん「君は『タイムホール』を使い慣れてない、これなら先に僕が取り出せられる」
のび太は眉ひとつ動かさず、ドラえもんを見据える
ドラえもん「……」
ドラえもんものび太も、お互い微動だにせず睨み合う…
ドラえもんが『タイムめがね』を使って奪うのは間違いなく
のび太が早朝持って行ったスペアポケット
しかし、ドラえもんは結論を出せずにいた
仮にスペアポケットを過去から奪った場合、今朝からの出来事はどうなるのか…
1、自宅で撃った熱戦銃が、のび太を灰にするのか
2、『現実ビデオ化機』で既に何通りか出来事を経験済みであり、何らかの対策で逃げられてしまうのではないか
3、逃げられた場合『なくし物取り寄せ機』に対処したのび太の道具〈あなただけの物ガス〉は『過程』なのか『結果』として扱われるのか
4、埋めようの無い大きなタイムパラドックスが生じる為、タイムパトロールが阻止しに来るのではないか
ドラえもんが優位な事に変わりないが
パラドックスの埋め合わせによっては自滅する恐れがあり、迂闊に行動に移すわけにはいかない……
ドラえもん「どのみち僕が先手を取れるんだ」
先に動いたのはドラえもんの方だった
ドラえもん「一番リスクが少ない手は…これだッ!」
ドラえもんは『タイムめがねとタイム手袋』で先程の のび太から
壁紙ハウスに収納しようとしていた『タイムホールとタイム取り餅』を奪う
そして『タイムホールとタイム取り餅』と自分の持つ『タイムめがねとタイム手袋』をミサイルで破壊した
のび太「タイムパトロールを警戒して消極的になっているね、と言いたいところだけど…」
のび太「その道具を確保していたのか……単純に、無駄なリスクを省いたとも言えるわけだ…」
ドラえもんの使ったミサイル、のび太は見覚えがあった
ドラえもん「そう…この『無敵砲台』さえ確保していれば、どのみち僕に勝てる者はいないからね」
無敵砲台
地球のどこかに砲台を設置しておけば命令ひとつで
二の腕程の小型誘導ミサイルを目の前の敵に撃ち込める
文字通り無敵の道具である
ドラえもん「さぁ!地獄の日々を味あわせてやるッ!!」
ドラえもんの怒声と共に
どこからともなくミサイルが飛来してきた!
のび太「過去を切り取るというのは危険な事だ…」
ドラえもん「!?」
狙いを定めたはずのミサイルがのび太の体をすり抜ける…!
のび太「君は過去の僕から『タイムホールとタイム取り餅』を奪った…」
のび太「おかげでここに至るまで少し違う『過程』を歩んだんだ……」
のび太「草むらに隠しておいた『タイムテレビ』に、僕の立体映像〈ホログラム〉を作らせるよう設定しておいた…!」
ドラえもん「えっ!?」
のび太「つまりここにいる僕は設定しておいた立体映像ってわけさ……本物の僕は既に裏山から逃げたよ!」
ドラえもん「のび太ァ!!」
半狂乱のまま無敵砲台を乱射するドラえもん
山肌は跡形も無く吹き飛んだ…
ジキルハイドを服用した事で冴えていたのび太は
ポケットの道具を壁紙に移す最中、取り出した『タイムホール』が奪われたのを不思議に思い
裏山でこれから起きる出来事をタイムテレビの倍速で確認
逃げる準備をしていたのである
目の前でのび太を絶望の淵に堕とす
残酷な手段を用いようとしてドラえもんは愚かにも判断を誤ったのだ
のび太「自分の道具をろくに把握できてないくせに、何とか思ってるから応用力が身につかないんだよ」
ドラえもんに向けておしりを叩きながら立体映像〈ホログラム〉は消えた
ドラえもん「ウワァァァァ!!」
この挑発、タイムテレビを再利用させずに壊してもらう為でもある
ドラえもんは見事、術中にはまってしまった
ドラえもん「くそぉ~のび太を見失ったッ!!」
ドラえもん「道具の使い方だけ妙に知恵が働くんだアイツはッ!!」
ドラえもんはカンカンに怒っていた
ドラえもん「…今はとりあえずこの半壊した裏山と警察騒ぎをどうにか鎮めなきゃ…」
ドラえもん「現状を覆すにはタイムマシンが一日も早く治ってくれないと…だがのび太もこれを狙っている」
ドラえもん「のび太を消し炭にするには統率された武力!そして道具!……」
ドラえもんは一抹の不安を抱えていた…
現実ビデオ化機など処分された道具を除いても
ウソ8OOを遥かに凌ぐ「起死回生の秘密道具」がポケットにはいくつか存在していた
しかし、ポケットにはその道具が既に無かったのだ
取り寄せバッグをすぐさま回収したのび太の判断力からしてまず見落とすはずがない
この道具の不安要素、そしてたった今見せ付けられたのび太の判断力
ドラえもんも理解していただけに
のび太に対し、安易に近づくわけにもいかなかった
――――大丈夫、捨て駒ならこの町に星の数ほどいる…
おぞましい笑い声が町に響き渡るのを合図に
ドラえもんの追撃が始まった…!
ー中学校、教室ー
キーンコーンカーンコーン・・・
先生「えー…7月13日、出席をとるぞーー」
のび太〈次の一手、ドラえもんにとっても僕にとっても一番やっかいなのは誰かと『協力』することだろう…〉
のび太が次に危惧しているのは『仲間との協力』
お互い相見え、実力が拮抗していると分かった今
五分の状況をひっくり返すには第三者の協力が不可欠である
そして、協力者を得た状況下で最も恐ろしいのは
身内による『裏切り』……
ドラえもんが学校のみんなも視野に入れて狙ってくるのは必至であり
敵の傘下に入った者を引き込むわけにはいかない
先にみんなの理解を得て協力して貰わなければならなかった
のび太「出席なんて待っちゃいられないよ、先生!トイレ行ってもよろしいでしょうか!」
先生「早くしてきなさい」
教室から笑い声とざわめきが起こる
生死をかけている状況の中、彼の耳に嘲笑が入り込む余地はなかった
のび太は焦りと不安で息が弾む…!
教室を出て右の階段を上がれば、源静香のいる教室に続く廊下へと出る筈だった
しかし…
のび太「階段が…無いッ!!?」
寝ぼけているわけではない
朝にあれだけの事が起きたのだから
のび太はドラえもんの攻撃であると即座に理解した
のび太「先手を取られてしまったのか!?くそう……!」
振り返ると今出てきた教室の扉までもが無くなっている
それどころか…
のび太「この学校…生きているのか?廊下が、部屋がッ!!」
見ている先…
さっきまでの面影は既に無く
それどころかみるみると廊下の構造や柱の配置が変わっていくのだ
異質な空間の中、のび太はもう一つの違和感を覚える…
のび太「ぼ…僕自身もグルグルと回っているのか…?い、いや、窓の外の景色が回っている?」
のび太「危険だ、とにかく危険だ!ど…どこでも良い…教室に…部屋に、逃げなければ…ッ!」
のび太「『稲妻ソックス』…!これを履いた足ならすぐ現れては消える扉にも入れるはずだ!」
のび太「いくぞぉぉ!」
めまぐるしく変わる景色によろめきながらも
のび太は目の前に現れた扉に飛び込んだ
ドガァン!―――――…
しずか「…のび太さん!?」
のび太「しずちゃん!?」
とびこんだ部屋は源静香のクラス
幸いにも目的地であった
のび太「……みんな何をしているんだ?窓の外なんか見ちゃってさ」
別のクラスメイトが大きな音をたててなだれ込んだというのに
生徒達は何やら別の事でどよめいている様子である
しずか「それが…外の様子がおかしいのよ」
のび太「外?ああ、ぐるぐる回っているね…」
ドラえもんの道具による攻撃
恐らく、廊下がうごめいている影響だろう…
しずか「回っている?そろどころじゃないわ。下の建物が…」
のび太「下の建物?」
のび太は身を乗り出し
窓の外を覗き込んだ…――――――
のび太「――――――…」
しずか「のび太さん、大丈夫?」
のび太は絶句し、みるみるうちに青ざめていった…
教室は既に
高層ビルの屋上が見えなくなるほどの高度に達していたのだ
のび太「し、下の建物だって…?冗談じゃあない…雲しか見えないじゃないか…!」
のび太〈…いや…これは秘密道具の攻撃なんだ…考えるんだ…〉
しずか「のび太さん…?」
この状況…
学校がロケットのように打ち上げられたのかと思ったがそうではない
窓の外は雲一色でわかりにくいが
下を覗いて見ると校舎の壁が地上まで続いている様子である
教室の高度、廊下の異常な変化…
のび太「まだ直接攻撃されたわけじゃあない…これは僕を閉じ込めておく道具…」
今度こそ、逃がさない為の作戦であろう
ドラえもんの道具には建物の構造を変えてしまうものがいくつかある
のび太「建物の位置がそのままなら…使っている道具は三つ…」
1、建物が回転する道具
2、建物の高度を自由に変化させる道具
3、建物の内部を複雑に変えてしまう道具
のび太「不意打ちで戸惑ったけど…大した道具じゃあない、タネがわかればいくらでも対処できる」
のび太〈かと言って取り寄せバッグで相手の道具を奪うのは危険だ……体ごと向こうに引きずり込むのが狙いかもしれない…〉
のび太「ここはまず、みんなの避難路を確保しよう!」
無生物催眠メガホン
これを向けて命令するとあらゆる無生物に催眠をかける事が出来る
のび太は教室の窓にメガホンを向けた
のび太「『ここは校舎一階の窓だ!』」
のび太「窓に催眠をかけたよ!これでこの窓を飛び出せば一階の外に出る!急ごう!」
クラスメイトにそう呼びかけ、のび太は窓を開けた
――――――ズドドドドドドドォ!!
生徒達「うわあああああああああああああああああ」
窓の外から猛烈な勢いで水が押し寄せる!
のび太「ブフォ!?何だこれ!濁ってるぞ!?」
しずか「のび太さん!!はやく閉めて!このままだと教室が!」
のび太「いや!駄目だ閉まらない!水圧で窓ガラスがッ!!」
他の窓ガラスをも突き破り
教室が一気に浸水していく…!
のび太「『ここは校舎10階の窓ッ!!』」
メガホンにむかって必死に叫ぶのび太
――――――……
のび太「ハァー…ハァー…」
のび太「止まった……」
教室は無残なものだった
流れてきた水のかさは腰のあたりまで達しており
生徒の中にはガラス片に突き刺さり、重傷の者までいた
のび太「み…みんな…」
「オイてめぇ!どういうつもりだ!!」
生徒の一人がのび太の胸倉を掴む
生徒A「普通に廊下に出て逃げりゃあ良かったんじゃあねぇのか!!」
生徒B「そうだそうだ!余計な事してるんじゃねぇ!」
しずか「みんな違うわ!のび太さんは…!」
生徒に続き、次々とのび太に対する野次が飛び交う
のび太〈こ…このわからずや共…僕はその廊下から来たというのに…!〉
廊下は恐らく来た時よりも複雑になっているに違いない…
クラス全員無事に逃げられる保障はゼロと言ってもいいくらいだ
薄情な生徒の野次に対し
のび太はあくまで平常心を保った
そう、これも敵の作戦の内だ
自分に対しての信用を無くす間接的な攻撃なのだ
そう自身に言い聞かせる事によってなんとか怒りを静めた
のび太〈それにしても…一階は浸水しているのか?町はどうなっているんだ?〉
自身の道具に過信していると足元をすくわれる可能性がある
持っている道具を看破されるだけであっという間に逆転されてしまう可能性が出来る
先刻、ドラえもんがそうだったように…
だがのび太は戦慄した
裏山の出来事からわずかに時を刻んだだけである
のび太「たったあれだけのドジから学んだのか…!?……これが『ドラえもん』……!」
ウソ8OOのような無敵には程遠い地味な道具だが
選択肢をひとつずつ確実に減らし、ジワジワと追い詰めてくる
一回凌いだところで、それが決定打にはならない
のび太〈『仲間』?『裏切り』?それ以前の問題じゃあないか…!〉
――――――――――――『現実』
想像よりも、大きな壁が眼前を憚っていた
生徒C「じょーだんじゃねぇぜ!今日の学校はおかしい!みんな帰ろうぜ!」
生徒D「センコーも来ねぇしな!」
生徒達「そうしようぜ!」
のび太「だ…だめだ…廊下に出ちゃあ…」
生徒A「あ?おめぇさっき何したよ?俺達逃げられたかよ?解決できてねーじゃねーか!」
生徒B「おいそんな奴ほっといて行こうぜ!」
生徒達はのび太の静止を振り切り、教室のドアに手をかける…
「――――――ウワアアアアア!!」
他の生徒「!?」
教室のドアに手をかけた生徒達がその場に崩れおちる
クラスメイトの一人が恐る恐る倒れた生徒に駆け寄った…
生徒「し…心臓が…止まってるや…はは……」
「いやああああああああああああああああああああああ!!」
――――――次の瞬間、教室が悲鳴と怒号に包まれた
今、その時まで威勢よく逃げようとしていた生徒が死んだのだ
逃げられない…
焼け焦げた死臭が部屋中に漂いはじめると同時に
絶望と狂気が次第に大きく渦を巻き始めた…
ドラえもんの攻撃はこれまでとは明らかに『異質』なものであった
それはタイムパトロールの介入を怖れず、無関係の人々にまで危害を加えたという点である
のび太〈この攻撃には、明確な『殺意』がある…〉
のび太を殺す為なら誰が巻き込まれてもかまわないという『殺意』……
ドラえもんは無差別テロを起こすつもりで攻撃してきたのだ
のび太〈…思えば、何人殺そうが『タイムマシン』さえ修理すれば後で不都合な歴史を修正出来るし、過去のドラえもん自身と協力して僕を『生け捕り』にする事だって出来る……!!〉
のび太〈不都合な歴史を修正する意志が伴っていれば……これらの出来事は全て改変可能の『過程』として扱われタイムパトロールが介入する理由も無くなる、という事か………〉
のび太〈ドラえもんめ……裏山の失敗から色々悟った様だな……やはり戦いは避けられない…………〉
のび太〈ふぅ……〉
のび太は鬱憤を晴らすように
教室の床を思い切り殴った
バゴォン!!
大きな物音に驚いたのか
静まり返り困惑を見せる生徒達…
のび太〈脱出用の穴を空けたんだけど……やりすぎちゃったか……〉
『スーパー手袋』着用済みである
床に大きな穴が開いてしまった
期待と偏見がはらんだ生徒達の異様な視線がのび太に集まる…
のび太「何だい何だいその腫れ物を触るような感じは!身勝手な奴らだね全く!」
――――ピンポンパンポーン…
気まずい沈黙
堰を切ったのは校内放送である
校内放送「諸君、楽しんでいただけているかな?」
ドラえもんでは無く、男の声であった
校内放送「87名」
のび太「…?」
校内放送「教室から脱出を試みた不届き者だ。全く…ここの教育の程度が伺えるな」
校内放送「『ルームガードセット』と言ってね。私はこの学校を掌握している」
ルームガードセット
建物に設置すればドアロックや監視カメラを好きなように配置できる
先程ドアを開けようとした生徒を襲った電撃もそれである
のび太〈ドラえもんの奴、もう町の誰かを仲間に引き込んだのか?〉
校内放送「今日からこの学校は私の居城とする。あなたがたには即刻退去願いたいのだが…」
校内放送「しかし、出入り口付近は浸水させてあるので外へ出るのは不可能だ」
校内放送「この摩訶不思議な状況を門外に触れ込まれてみろ、軍隊を呼ばれかねないからな」
退去願いたいのに学校から出るな
この矛盾した意見が示す相手の主張はつまり…
校内放送「余興がてら…皆で殺し合いをしてもらおうか」
生徒達「!?」
校内放送「どの道、教室から出ることは出来ないのだ。今、この間にも校舎は高度を上げている」
校内放送「タイムリミットは、そうだな…各々方の教室で天体観測が出来るようになるまで、というのはどうかね」
校内放送「最後の一名に残ることが出来たら出してやらんでもないぞ、ふはははは…」
校内放送「どのみち人は死ぬんだ。存分に楽しみたまえよ!」
―――ぷつん
放送が終わると同時に
のび太は静香の手を掴むと、先程空けた床の穴に飛び込んだ―――
のび太「冗談じゃあないよ…暴動に巻き込まれるのはごめんだ!」
しずか「でも…みんなが…」
のび太「さっきの身勝手な奴らを見ただろう!?何とかなると思う!?」
パチン!
静香はのび太の頬を思いっきりひっぱたいた
のび太「………」
しずか「酷いわよ…自分の命が大切なのはわかるわ…」
しずか「だけどあなたにはみんなを助けられる知り合いがいるじゃない…!」
のび太「……優しいんだね君は…」
のび太は取り寄せバッグからバリヤーポイントとまもり紙を取り出した
のび太「この『バリヤーポイント』は君をあらゆる脅威から完全に守ってくれる道具だ。両親の事が心配なら『守り紙』で守ってあげるといい……」
※バリヤーポイント
半径2メートルのバリアを張り、『あ』のつくもの等、使用者が指定した頭文字と一致するもの以外
全てを遮断する
しずか「のび太さん…?」
のび太「これは…ドラえもんの仕業なんだ…」
しずか「そんな…うそよ…」
のび太「嘘じゃない……だから確かめなきゃいけない…」
しずか「ドラちゃんなわけないじゃない!」
のび太「回路が壊れているなら直してあげたい!」
しずか「!」
のび太「ネジが緩んでいるなら…閉めなくちゃならない」
のび太はかすむ視界をぬぐいながら、何とか声を絞り出した
のび太「じゃあ、行ってくるよ…!」
ー廊下ー
のび太「校内放送ではああ言ってたけど…」
のび太「自分のいる部屋まで宇宙に突っ込ませるなんて間の抜けた敵じゃあないだろう」
のび太「とすれば、かなり低い位置に陣取っている事になるのか…?」
のび太は『迷路探査ボール』を転がした
のび太「どんな迷宮だろうが…このボールの煙は建物を全て把握する…!」
『迷路探査ボール』が作った地図を覗くのび太
遥か下層、4階部分に人間の反応がある不自然な部屋を見つける
のび太「無生物催眠メガホンッ!『ここは四階の放送室!』」
ー放送室ー
のび太「さぁ着いたぞ…!」
少年「コイツ!?予定よりもずっと早いじゃん!?」
のび太「!」
放送室には男…というより小学生がいた
のび太「さっきの放送と声が違うみたいだけど…!」
少年「そりゃあそうさ!」
少年は自慢気に首筋に貼ってあるシールを見せ付ける…
のび太「それは…『階級ワッペン』!」
少年「よく知ってるね!僕は『兵長』の階級を与えられたのさ!」
のび太〈なるほどドラえもんの奴、ワッペンで手下を増やしたのか〉
のび太「さっきの男はどうした?」
少年「さっきの?」
のび太「校内放送してた男だよ」
少年「ああ、『大佐』の事だね」
少年「さあどこいったかなァ~、もう逃げちゃったかもしれない」
のび太「あまり乱暴な事はしたくないんだけど…!」
少年「おっと!あぶない!」
のび太「!?」
のび太が少年に飛び掛ろうとするも
急にバランスを崩してしまう…!
のび太「な…何だ?足が……変な形に…!」
少年「へっへっへ……!!」ジャ――z___ン!
少年は持っていたスケッチブックをのび太に見せる
中にはのび太の変化した足そっくりの形が描かれていた
少年「描いた絵の通りになる『そっくりクレヨン』ってね」
のび太〈この道具…!スネ夫に使った事あるぞ…!またやっかいな物を…!〉
少年「でもずるいよな、『大佐』なんてこの建物を変えちゃう道具全部貰ってるんだもの」
少年の指差す先
建物を迷宮にする『ホームメイロ』
建物を回転させる『メリーゴーラウンドゴマ』
建物の高度を自由に変える『四次元たてましブロック』
生徒を電撃で襲った『ルームガードセット』、そして…
のび太〈『集中気候装置』!あれで学校の最下層だけ雨で浸水させたのか…!〉
のび太〈そしてなるほど…ワッペンの階級が高いほど持っている道具が優遇されているって訳か…〉
少年「え!?え!?足が治ってる!?なんで!?」
のび太「僕はね、君達より前に君のボスの道具を使い慣らしてきたんだよ?」
のび太「負けるわけないじゃないか…!」
少年「待てーーーッ!うごくんじゃねーーーッ!」
のび太「…!」
少年「右腕を消したッ!次一歩でも近づいたらもう片方の腕も消すッ!」
のび太「僕は…ここの学校の『生徒全員』が助かる方法を考えていたんだ」
少年「…?」
のび太「初めてみんなの為にどうやって道具を使うか考えていたんだ…!」
のび太「だけど君達は…その選択肢を奪ってしまった…!」
のび太「許さないぞ…絶対に許さないぞ…!」
のび太「道具を自分の為だけに道具を使ったら…!」
のび太「どれだけ恐ろしい事になるか教えてやる…!」
少年「今動いたなッ!オメーの左腕を消したッ!僕もうしらねーッ!」
少年「…あれ?」
少年は何度もスケッチブックを覗き込む
確かに『そっくりクレヨン』で腕を無くした胴体を描いたはずである
少年「なのになんでオメーの左腕は消えてねーんだよぉぉぉ!!」
のび太「よそ見してていいのかい?」
少年「ゲェェ!右腕も何ともねぇーーーッ!」
のび太「………」
少年「…待てよ…?そうか!道具だな!?何か『元に戻す』道具!」
のび太「うっ…!」
のび太の胸にバックリと大きな切り傷が開く
少年「僕は『芸術家』になりたいんだッ!今のあんたの傷みたいに永遠に刻まれるようなッ!」
少年「さぁーその傷を治してみろよッ!そんなこと出来たら奇跡ッ!芸術的瞬間だッ!」
のび太は手に持ってあった棒を胸に当てる…
少年「おおお…!」
棒を胸から足、足から地面、地面から少年へとずらして行く
少年「…へ?」
少年「ゴガァッ!?」
少年は驚きのあまり後ろに倒れるも起き上がる事が出来ない
それもそのはず…
腕も、足も、そして胸の傷も
全て自分の描いた絵の通りになってしまったのだ
少年「僕のッ!?僕の体が絵の形にッ!?」
のび太「これは『ずらしんぼ』って言ってね、道具の効果だろうと何でもずらしてしまうのさ。」
少年「痛ぇッ!痛ぇよぉぉぉぉッ!!!傷はあるのに血が出ないッ!!」
のび太「87人も犠牲者が出たんだ!当然の報いだろう!」
のび太は少年から奪ったそっくりクレヨンを圧し折り
『大佐』の5つの道具を破壊した
少年「今『ベキッ』って!まさかクレヨンも壊したの!?元に戻れないじゃん!」
のび太「良かったじゃない…!君自身が『芸術作品』になれたんだ…!」
少年「そんなぁ~!大佐ーーー!隠れてないで助けて下さいよーーーッ!」
のび太「大佐はもうここにはいないよ。君を当て馬に…」
当て馬にして逃げる…
戦闘結果も確かめずに…?
そもそもどうやってこの迷宮と化した学校から…?
再び身構えるのび太…『大佐』は近くに潜んでいる…!
『ハッハッハッハッハ…ボスからは情けない男と聞いていたんだがね』
『全く大した激情家じゃあないか、せっかくの『尻尾』が台無しになりそうだ』
のび太〈この部屋の中にいたのか!?〉
のび太「そこだッ!!」
スーパー手袋装着済の拳でロッカーを勢いよく殴りつける
中にいようが、常人なら即死級の威力である
しかし…!
のび太「か…硬い!!こいつ…!何か道具を…!」
男「まさかロッカーを殴り飛ばすとは…恐ろしい威力だ…」
へし折れたロッカーの裂け目を破り、大佐が姿を現した…!
のび太「ぐ…拳が…木もひっこ抜くほどの怪力を得る手袋なのに…!」
大佐「無駄な事だ、今の君じゃあ決して私を傷つける事は出来ない」
のび太「ぬかせ!」
大佐「例えば、私がこうやって姿を暗ませると…!」
のび太「!?」
目の前にいた大佐が急に姿を消した
のび太〈透明マント…?いや、裏山の時点で処分した筈だ!これは別の道具!〉
のび太は『警察犬つけ鼻』を付けて大佐のにおいを探った…
のび太「……逃がさないッ!」
背後のドアの方向を勢いよく殴りつけるのび太
拳はドアごと透明になった大佐を廊下に吹っ飛ばした
大佐「ぐっ…!その道具、においを追跡するのか!」
大佐「『甲羅』の効果が切れていれば殺られていた……君は、恐ろしい奴だ…!」
のび太「『甲羅』の効果が切れる?」
――――さっきは『尻尾』がどうとか言っていた…
――――『尻尾』、『甲羅』、そして『透明』の能力…
のび太「そ、その道具はッ!!」
大佐「また会おう!!」
のび太「逃げられた…!こ、この能力…!」
のび太「オ、オエ~~ッ!!」
部屋は強烈な悪臭に満たされた……
急いで窓を開けるも『警察犬つけ鼻』をつけている分
臭いは早々離れるものでは無かった
のび太「く…くっそ~よりによって『屁』をかまされるなんてッ!」
のび太〈完全に仕留め損ねた……恐ろしい敵だ!〉
のび太「オ、オエ~~ッ!!」
※動物型逃げ出し錠
それぞれの錠剤でトカゲの尻尾きり、亀の甲羅篭り、カメレオンのステルス
スカンクのガスが使えるようになる
――――あまりに異質な事件
警察はおろか地元のマスコミまで駆けつけ
学校は慌しさを増し、収集がつかない事態へと陥った
その後、体育館にて緊急集会が開かれ
生徒の安全を考えた結果、一時間授業で切り上げ
学校は一足早く夏休みに突入することになった
モブ男「酷い目にあったよ…今も意識が戻らない子もいるみたいだよ」
出木杉「メディアも黙ってはいないだろうね…前代未聞だよ、テロといってもいい」
スネ夫「しずちゃんどうしたの?元気ないね」
しずか「え、ええ……〈のび太さん…どこ行ったのかしら〉」
のび太「体に染み付いたヘンな臭いが消えない……」
のび太「クラスメイトには勝手に重要参考人だと決め付けられ警察に追っかけられるし…」
のび太「今日は人生最悪だよもう!」
のび太「考えたら帰る家も無いじゃあないか!」
のび太「どこか人気の無い場所を探さなきゃいけない!」
のび太「ウワァめんどくさい!昼寝したいよーーー!」
ジャイアン「よう!のび太じゃねえか!無事だったか!」
ジキルハイドの効力も切れ、疲労もピークに達してる中
よりによって今、一番会いたくない男に声をかけられてしまった
のび太「や、やぁジャイアン……」
ジャイアン「む!なんだその嫌そうな顔は」
のび太「べ、別に嫌じゃあないよ!〈道具はあるけど苦手だなぁジャイアンは…〉」
ジャイアン「そうか、それならいいんだが」
ジャイアン「今朝のあの出来事、ドラえもんだろう?」
のび太「え?」
のび太にとって意外なことであった
しずちゃんでも疑うことのなかったのに
あの『暴』若無人のジャイアンが一発でドラえもんの仕業だと見抜いたのだ
ジャイアン「俺は全てお見通しだぞのび太」
ジャイアン「お前らは俺に道具で報復することはあっても死人までは出さなかった」
ジャイアン「おおかた、ドラえもんのやつがおかしくなったんだろ?」
のび太「ジャイアン……」
ジャイアン「悩んでるなら俺たちにも話せよ!水くせぇじゃねぇか!」
ジャイアン「何も言ってないけどよ……スネ夫だってほんとはわかってるんだ!だけど、疑いたくねぇし、知りてぇんだよ!」
ジャイアン「お前が一人抱え込んでちゃ何もわからねえだろうが!」
のび太はジャイアンに全て話した
今朝の日常離れした出来事…
ジャイアンは一言一句頷いて真剣に話を聞いていた
ジャイアン「そんな事があったのか…」
ジャイアン「尚更みんなに知らせて対策を練るべきだぞ!相手はあのドラえもんなんだ!」
のび太「ジャイアン…!」
ジャイアン「そうと決まれば行くぜのび太!スネ夫ん家にみんな集めっぞ!」
のび太「君という奴は……なんでこんな時には頼もしい奴なんだ…!」
ジャイアン「急ぐぞ!」
ガンっ!
のび太が背を向けた瞬間である
鈍い音が響き渡ると共に後頭部に激痛が走った
のび太「――――――っ!」
ジャイアン「…悪いなのび太」
よろめきながらも後ろに振り返るのび太
ジャイアンの右手には『黄金バット』が握られていた
ジャイアン「長い付き合いだ。こんな時、俺が何て言うかわかるだろ?」
のび太〈た…立てない……酷い眩暈だ…体が思うように動…か……〉
ジャイアン「こいつは振りさえすれば周りのもの何でも打っちまうバットさ」
ジャイアンが『黄金バット』を思い切り振り上げる
ジャイアン「安心しろ、お前の背番号は永久欠番にとっておいてやる」
のび太〈ほ……本気だ…振り下ろすつもりだ……!避けられない…!〉
ジャイアン「あばよのび太!!」
のび太「っ………?」
のび太が恐る恐る見上げると
ジャイアンが片手を振り上げたまま必死にもがいていた
ジャイアン「さ…さっきの奴が…!俺にこんなもんを貼り付けて命令しやがった…」
のび太〈それは…『伍長』の階級ワッペン…!〉
ジャイアン「このバットでのび太を始末しろって言われてよ…!」
ジャイアン「いいか…!最初言ったのは…本心だからな……!」
ジャイアン「それが急にドス黒い命令が頭の中で膨れ上がって……!」
ジャイアン「…のび太…もう俺の意識は……何とか…してくれ…」
再び血走った眼に戻るジャイアン
のび太「こ…今度こそ殺されるかと思ったけど…ジャイアン…この時間は無駄にはしないよ…!」
のび太はバッグからチューブを取り出し
中の液体を手に垂らしていく…
のび太「…いくら野球が上手くたって…『黄金バット』でもこいつは打ちようがないぞ…!」
※空気ピストルのもと
この液体を指に垂らせば指一本につき一発だけ空気の弾を放てるようになる
のび太「両手に塗った…!計10発だ!くらえ!」
――――のび太の射撃の腕は本物である
かつて空気ピストルで射撃大会を開いた時も一人勝ち残った程だ
生まれる時代が違えば間違いなく名手として
遠い異国の地で名を刻んでいたであろう――――
スパァァン!!!
破裂音とともに衝撃波が大気を震わせた
のび太「―――……バカな…!全部…全部打ったのか!?」
のび太が撃つ寸前
ジャイアンは後ろに距離をとり
空気ピストルの弾を単発ずつ正確に往なしてみせた
のび太「野球が上手いとかってレベルじゃない…!」
のび太「今のは…何時どの指から発射されるか分かってないと絶対に出来ないぞ…!」
のび太「だ…駄目だ…次に詰め寄られたら……!」
ジャイアンから距離を取る為
のび太はタケコプターを取り出しスイッチを押した
ジャイアン「うははは!道具に引きずられてやがんの!逃がすかよ!」
のび太「この眩暈と…感覚が戻らない事にはどうしようもない……!」
――――――…
片手に掴んだタケコプターの勢いだけでひたすら逃げ続けるも
とうとう住宅街の行き止まりに追い詰められてしまった…
ジャイアン「一々手こずらせやがって…だけどもう終わりだ…」
のび太「これだ…今朝の…この感じ……!」
のび太「この追い詰められた状態を待ってたんだ…!」
のび太はジキルハイドを一錠飲みこんだ
のび太「よくよく考えてみれば逆転できる好機はいくらでもあるじゃない…!」
ジャイアン「血迷ったかのび太!ギッタギタにしてやる!」
のび太「『コエカタマリン』…この液体を飲めば発した声が固体で出てくる…」
のび太「振れば必ず当たる黄金バットでも…『音速』に反応できるかい…?」
ジャイアン「俺様に打てない打球は無い!」
のび太「そうかい…!!」ゴク…!
コエカタマリンを飲み干すのび太……
のび太「………『ヨ』!!」
ジャイアン「!?」
のび太は背後の壁に向かって声を発し
跳ね返って来た個体の『ヨ』にしがみついた
ジャイアン「何かと思えば所詮のび太!逃げるだけかよ!」
ジャイアンものび太と同じく『ヨ』の文字にしがみついた
ジャイアン「へへへへ…この字が地に降りた瞬間がのび太の最後だ…!」
のび太「そうそう…君にもこの字にしがみ付いて貰わなきゃ困る」
ジャイアン「何だと!?」
のび太「わざわざ掴みやすい文字にしたんだからね」
のび太「そしてこれでハッキリした事がある、今の君の反応速度は『異常』だ」
ジャイアン「…!」
のび太「自分のタイミングで発した文字、僕は稲妻ソックスの足で飛び込んでギリギリだった…」
のび太「それなのに君は跳ね返って来た文字を難なく掴んだ…」
ジャイアン「…お、俺にとっちゃ朝飯前よ」
のび太「さっきもおかしいと思ったよ…空気ピストルを撃つ寸前、君は僕から距離を置いた」
のび太「距離をとるという事は『反射』ではなく僕に『反応』して打っている事になる」
ジャイアン「………」
のび太「その『眼』……何秒先が見えているんだい?」
ジャイアン「な、何のことだか…」
ジャイアンは明らかに焦りを見せていた
のび太「とぼけるんじゃあない。ドラえもんの道具にはそういうのがあるんだ」
のび太「『イマニ目玉』だったっけな。ダイヤルを合わせた分だけ未来が見える」
ジャイアン「のび太の癖に生意気だぞ!ここで叩き落してやろうか!」
ジャイアンはバットを振り上げて脅すも、のび太は微動だにしない
ジャイアン〈こ…こいつ…!ちっとも怯えてねぇ…!〉
のび太「僕が怖いのはジャイアンだ。ワッペンで操られた君じゃあない」
ジャイアン「のび太ァ!!」
のび太「どうやらあまり先の未来をみていないようだね」
ジャイアン「あ!?こんにゃろ!下に飛び降りる気だな!?」
のび太が飛び降りると同時にジャイアンも下に飛び降りた
ジャイアン「海!?」
ザパァアァァン!!
ジャイアン〈あ…あぶねぇ…息継ぎ間に合ったぜ…!〉
ジャイアン「もが……ゴバァ!?」
のび太〈今更気づいても手遅れだよ!〉
のび太「『ア』!!」
のび太の発した声の塊は
ジャイアンを陸地へと叩きつけた
ジャイアン「」ピクピク
のび太〈……いくら予知が出来てもここは海…水の中じゃあ素振りもままならない〉
のび太〈それに水中では地上より数倍早く音が伝わるんだ、今の君じゃ予知出来ても絶対に打てない訳さ…〉
ジャイアン「うう…ここは…」
のび太「ジャイアン!気がついたかい!?」
ジャイアン「ああ…終わったんだな…」
のび太「ワッペンが上着に付いてたおかげで助かったよ。これを脱いでおけばもう大丈夫」
ジャイアン「…面目ねぇ…」
のび太「気にしないでよ。『イマニ目玉』は壊れてたけど『黄金バット』は…回収できた……」
ジャイアン「いいや!俺の気がおさまらねぇ!お前の気がすむまで俺を殴……のび太?」
ジャイアン「寝てやがる……」
ジャイアン「……タケコプター、使わせてもらうぜ」
ピンポーン
スネ夫「はいはい今出ます〈予約した例のゲームが届いたのかな…〉」ガチャ
ジャイアン「よぉスネ夫」
スネ夫「ジャイアン!?それに…のび太なんか担いでどうしたんだい?」
ジャイアン「わけは後で話す、ちょっと上がらせてもらうぜ」
スネ夫「え…ええどうぞどうぞ〈最新ゲームが取られちゃう…〉」
ジャイアン「……今日は何もとらねぇから安心しろ」
スネ夫「…嘘だ!絶対いつもみたいにとる!」
ジャイアン「!おい怪我人を介抱するだけだって…」
スネ夫「許さないぞ!いつもいつも!ジャイアンが悪いんだ!」
ジャイアン「うぉぉ!!」
のび太を背負った無防備のジャイアンに
スネ夫が殴りかかる
スネ夫「『チャンピオングローブ』!!これを付ければどんな相手にも負けない!!」
ジャイアン「や…やろう…!既にワッペンを貼られてたか…!」
スネ夫「ジャイアンは剥がしたのかい?『軍曹』の僕が命令してやろうと思ってたのに」
のび太「うっ…今の衝撃は…」
ジャイアン「のび太、起きたか…どうやらスネ夫も手遅れらしいぜ…!」
のび太「それよりジャイアン……脇腹を…殴られたのかい…?」
ジャイアン「こんなのどうってことないぜ…うぷっ!?」
強がるジャイアンだったが
不意打ちのダメージは相当なものだった
のび太「くそう…僕は…立ち上がる余力も…ない…」
ジャイアン「俺のツケを払う時が来たんだ…!のび太はそこで寝てな」
のび太「む…無茶だ……チャンピオングローブ相手に…」
のび太「せめてこれを…あのグローブと互角に戦える道具……」
のび太は『あいこグローブ』をジャイアンに差し出した
ジャイアン「道具で勝つってのは気にいらないが…相手が使っているんじゃしかたねぇ!」
スネ夫「ジャイアン!プライドを捨てるのかい!?君ほどの男が!」
ジャイアン「見損なってくれるなよ…!全部……お前等の為だぜ!」
咆哮とともに繰り出したジャイアンの拳は
チャンピオングローブのガードを弾きとばした
スネ夫「フリッカージャブか!………腐ってもジャイアン、喧嘩慣れしてやがる…でもね!」
ジャイアン「―――っ!」
ジャイアンがたて続けに繰り出した拳を捌き
チャンピオングローブはジャイアンの頬にめり込んだ
のび太「ク…クロスカウンター……!」
スネ夫「このグローブはあらゆる戦闘技術を体現出来るんだ!」
ジャイアン「くそっ…油断してたぜ…!」
のび太「ス…スネ夫のあの眼…!生体実験をしている科学者の様な…冷静と情熱が入り混じったあの眼は…!」
のび太「『観察』している…!今のダメージがどの程度か観察しているぞ…!」
ジャイアン「スネ夫め……な…生意気なやつだ…その余裕をへし折ってやるぜ!」
のび太「僕も…何とか他の道具で援護を…!」ゴソゴソ
?「ふむ…状況は芳しく無い様だ……」
玄関で倒れているのび太の背後から突如男が現れた
スネ夫「『曹長』!?まだいらしてたんですか!?」
ジャイアン「おめぇは…さっき俺にワッペンを貼りやがった奴…!」
曹長、と呼ばれた男がため息をつきながら応えた
曹長「失態ですね……どうやら服にワッペンを貼るのはいけなかった様で…」
のび太〈スネ夫も服にワッペンが…!〉
曹長「いや~ボスにお叱りを受ける事になる…『准士官』殿が出木杉という少年の服に貼ったと自慢していたのでつい…」
ジャイアン「なんだと!?出木杉も悪者になっちまったってのか!?」
曹長「それにしても野比氏は抜け目のない…か弱い娘には先に完全バリアを施しているなんてね」
のび太「っ!…ジャイアン!ワッペンの付いたスネ夫の服を破けばこっちの勝ちだ!」
ジャイアン「わかってるけどよ…!それが出来ないからかきたくも無い汗をかいてるんだぜ…!」
曹長「おっと…貴方にはここでゲームオーバーとなってもらいますよ」
チク…タク…チク…タク…
のび太「…え!?」
のび太は音のする方を見上げる…!
ジャイアンの首筋に貼られているシール…
あれは…!
曹長「『チクタクボンワッペン』…時限爆弾、とでも言っておきましょうか」
ジャイアン「俺の首にッ!?」
曹長「それと…野比氏にも特別な物を貼っておきましたよ。君の『ずらしんぼ』が厄介なんでね」
曹長が手首を指差し
侮蔑の微笑を含みながら言った
のび太「こ…この道具は!!!」
のび太の手首には一枚のバンドエイドが貼られていた…
このバンドエイド、『ドジバン』といって
貼られたら何をやろうとしても失敗に終わる
のび太「い…いつの間に貼ったんだ!?」
曹長「ハハハ!爆発に巻き込まれるのは嫌なので外から観察しておきますよ!」
曹長は望遠鏡を覗き込むと姿を消した
※手に取り望遠鏡
望遠鏡で覗き込んだ物を手で掴み、取り寄せられる。木など固定された物を掴むと逆に向こうへ移動できる
のび太「望遠鏡で遠くから貼ったのか…この道具…はやく剥がさないと…」
のび太「『ずらしんぼ』で…バンドエイドを地面にずらす!」
スネ夫「うわぁぁぁぁぁ!!!」
ボキッ!
のび太「っ!?」
ジャイアンと交戦中のスネ夫がこちらに吹っ飛ばされたはずみで
握っていた『ずらすんぼ』が折れてしまった
曹長「フフフフフ…本来なら剛田氏の裏切りを上に報告しに行きたいところですが…」
曹長「人が苦しんでいる様を見逃してしまうのは勿体ない…」
のび太「木の上で高みの見物…いつでも逃げれる準備はしてあるって事か…」
のび太〈マズいぞ…新しい道具を出したら…僕は必ず『失敗』する…!〉
相手はいつでも逃げ出せる位置から『手に取り望遠鏡』で様子を伺っている
今、道具を取り出そうとすれば失敗に終わり
最悪、『取り寄せバッグ』が奪取されてしまうのだ
『あなただけのものガス』を吹きかけてあるとは言え『ドジバン』が付いた今、安全だと保障できるものでは無かった…
のび太〈何とかしてこの状況を切り抜けなければ……!〉
曹長〈…おや?野比氏の手…道具を取り出す素振りは見せていない様でしたが…?〉
曹長が現れる前…
スネ夫と対峙したジャイアンを援護するため
のび太はずらしんぼの他に、もうひとつ道具を取り出していた
のび太〈……しかし、二人はどうやって助ける…?ジャイアンの爆弾をどうやって剥がせばいい?〉
のび太〈今の僕じゃあ……ジャイアンとスネ夫を助ける方法が思いつかない……!〉
曹長「何ですかね、その丸い粒は?」
のび太「ぐっ…!!」
再び部屋の中に戻ってきた曹長は
のび太の手首を踏みながら不敵に微笑んだ…!
曹長「貴方は本当に抜け目の無い人だ」
曹長「この粒のような物を…どうするおつもりで…?」
のび太「……」
曹長「今の貴方は何をやっても失敗してしまうのですよ?」
のび太「……」
曹長「…黙ってないで何か答えたらどうですッ!!!」
のび太「ウガァアアアア!!!」
のび太〈ブーツのかかと…痛すぎる…!!〉
曹長「…よろしい、これは没収します」
のび太「……!!」
曹長「この状況、不自由なあなたが使うのでは無く骨川氏か剛田氏に使うと見ました」
曹長「錠剤かと思いましたが…『肌に付着させる物』なら、今のあなたの状態でも十分使用可能…」
曹長「『ドジバン』と同じく、付着させるとあまりメリットが無い類の物なのでしょう?」
曹長がのび太に歩み寄る
のび太「何を…!!」
曹長「……貴方自身、その身をもって確かめさせてもらいましょうか!!」
のび太「さっきの『ずらしんぼ』は僕が握っていたから『失敗』したんだ…!」
曹長「……?」
のび太「初歩的なミスだね…僕の行いは全て失敗するけど…君なら失敗しないだろう…!?」
のび太は自身の手首に貼ってあった『ドジバン』を剥がした
曹長「えッ?えッ?」
のび太「君が僕に付けたこの粒は『人間ラジコン』の受信機さ…!誰に付けられても良い様に『自動操縦』にしてあったんだ…!」
のび太「自分の意思で動く事は出来ないが…こいつは『善』に全力を尽くす行動をしてくれるからね……!」
のび太「僕の肉体が限界を超えても…君を地の果てまで追い詰めてやるぞ…!」
曹長「は…速い!!」
望遠鏡を使い、部屋から瞬く間にいなくなった曹長だが
稲妻ソックスに加え『自動操縦』であるのび太は
寸分狂わず最短距離で曹長に詰め寄る…!
手に取り望遠鏡で移動できる距離では差を広げる事が困難であった
のび太〈体が…軋む…けど!逃がさないぞ!!〉
曹長〈まずい…勝つ見込みがあるとすれば…先程の骨川氏を利用するしか…!〉
のび太「…何だ…?来た道を戻っていくぞ…!」
曹長〈どんどん距離の差を縮めて来ているものの…全力疾走の野比氏も流石に疲労を隠せない様で…〉
曹長「ふむ…肉体の疲労か……良い事を思いつきましたよ!!」
ーとある公園ー
のび太「…はぁ…はぁ……追いついた…」
曹長「上の者に道具を渡された時…私の戦略は『ドジバン』を貼って貴方の自爆を誘うしか道が残されていませんでした」
のび太「……?」
曹長「つまり『ドジバン』を看破された時点で貴方を倒す術が無くなったわけです」
曹長「ですが…その道具を攻略する際、貴方にはひとつの『弱点』が生まれた…!」
曹長「それが……これですッ!!」
のび太「……!!」
曹長は懐から瓶を取り出し、飲んでみせた
のび太「今のは…『トロリン』ッ!?」
曹長「御名答、私の体はこれで『液体』になった。自動操縦の貴方では私を倒す事は不可能…!」
のび太「……それなら何か道具で君を『固体』に戻せば…うぉぉっ!!」
ドゴォン!
人間リモコンはのび太の意思とは裏腹に
液体となった曹長を殴りつけるように体を操った
のび太「無駄だ!畜生!これじゃあダメージは無いんだよっ!」
曹長「ハハハハハ!道具に何を言っても無駄!早く疲弊しきって命乞いをする様を見てみたいものです!」
のび太の必死の訴えも空しく、水溜りごと地を抉る音が
何度も公園に響き渡った…
のび太「はぁ…はぁ………こ、今度は何だ!?足が勝手にッ!?」
曹長「おや?今なら何らかの道具を使えば私を倒せる絶好の機会だというのに…」
のび太の足は水溜りとなった曹長から
どんどん離れていく…!
のび太「バカなッ!?『人間リモコン』!逃げるつもりなのかッ!?僕の意思を汲んではくれないのか!?」
のび太〈いや…人間リモコンの行動は『善』だ…つまりこの目の前の敵を倒す事より大事な用が…〉
のび太「あるわけ無いだろうッ!?今奴を倒さずに何時倒すってんだッ!!」
曹長「長距離走ご苦労様、とでも言っておきましょうか……アハハハハハ!」
のび太〈今の僕じゃあとてもこの状況を突破できる気がしない……!悔しいが…完敗だ…!〉
今朝からの連戦、度重なる疲労、そして敗走…
肉体を酷使し続け、のび太の心身は既にボロボロであった
のび太〈僕は……どこへ行くのだろう……このまま…死ぬのだろうか…〉
人間リモコンによって操られたのび太は歩みを止める
辿り着いたのは一軒のアイスクリーム屋
客、というより近所の子供達に泣きつかれ
店主が困った様な顔をしている…
のび太は操られるがまま、持っていた500円玉を差し出すと
子供達の顔に笑顔が戻った
店主「いやー助かった!こっちも奢りたい気持ちはあれど…一応商売なんでねぇ」
のび太「子供を甘やかしすぎるのも、良くないですもんね…」
店主「まぁそういう事だ。へへへ、ちょっと待ってな…」
店主はのび太に
コーラフロートが入ったジョッキを渡した
この炎天下、今朝から何も口にしていないのび太にとって
これ以上無い施しであったが…
人間リモコンに操られるがまま貪りつくも、内心は躊躇していた
明らかにお釣りの量を超えていたからだ
のび太「あんまり子供を甘やかすなって今言ってた所じゃ…」
店主「情けは巡り巡って自分に返ってくるってのも教育上大切な事だぞ、少年!」
ー30分後ー
曹長「流石は『自動操縦』、こうもあっさり見つかってしまいましたか……」
のび太「何処へ着くかと思ったら……また君か……」
曹長「まさか懲りずに私の元へ来るとは……単純な機械に頼ってしまいましたね」
のび太「ああ……それならもうどうでもいいんだ……」
曹長「とうとう諦めましたか……どちらにせよ、その受信機が付いている限りあなたは何も出来ないでしょうからね」
のび太「二人を助けられなかったのが何より残念だよ……」
曹長「では大人しく貴方がボスから奪った道具を返してもらいましょうか」
のび太「何を言っているんだ?」
曹長「往生際の悪い…ッ!」
曹長「今自身で何と言いましたッ!?勝負などどうでもいいと仰ったでしょう!」
のび太「どうでもいいって言ったのは…この勝負の決着がついたからさ」
曹長「!?」
曹長はのび太の発言にたじろいだ
それはのび太の顔付きがさっきまでの疲弊したものでは無く
清々しい爽やかな顔であったからに他ならない
曹長〈馬鹿な…ハッタリに決まっている…!〉
のび太「もう一度言う。勝負は終わりだよ」
のび太「君は僕の不意打ちに身構えてずっとその姿で隠れていたのかい?」
曹長「……それが、どうしたと言うのです…」
のび太「僕はね、君がそうやって息を潜めている間『休憩』していたんだ」
曹長「……ずいぶんなめられたものですね、お友達が命の危険にさらされているというのに」
のび太「いいや、君が言ったんだ『僕を倒す術が無い』と」
のび太「だからお言葉に甘えて休憩させてもらったよ。君は僕から逃げる事しか出来ないからね」
曹長「ほう、しかし再び私を見つけたところで殴る術は無く……貴方の行動も徒労に終わると思いますが…?」
曹長「さぁ、もうひと運動してもらいましょうか!!」
のび太「もちろんそうさせてもらいたいのは山々なんだけど…」
曹長「………どうした、何故動かない」
のび太「この『人間リモコン』…君を殴らせようとしないんだよ。どういう事かわかるかい?」
のび太「君を『脅威』だと認識しないんだ。今は他の人に助けを求められるまでじっと待っている感じだ」
曹長〈このガキ…!〉
今までの落ち着いた態度から打って変わり
曹長が口調を荒らげる…!
曹長「まだ『トロリン』の効果は続いているんだ!さっさと負けを認めたらどうだ!!」
のび太「それだ……!」
曹長「……!?」
のび太「君のその『トロリン』がいけない……」
曹長「聞き分けの悪い……!!」
のび太「さっき確認したんだけど今日が何月何日で……今、何時か知っているかい?」
曹長「……?」
7月13日の午後2時…
真夏の兆し、プール開き真っ盛りの時期である
のび太「最近授業で耳にした知識なんだけど、人間の体の半分以上は『水分』で出来ているらしいね」
のび太「この、日差しが照りつける中、道路の温度も相当なものだ、君はその上で長い時間水溜りになっていた」
のび太「さっき休憩しながら思ったよ、君の体の水分はもう大分無くなっているんじゃないかってね」
曹長「ばかばかしい……生命維持が困難な程に私の体内の水分が奪われたと?ありえないな!」
のび太「もし『自覚』が無かったとしたら……?」
曹長「………!」
液体となった体に喉が『渇く』という感覚が果たしてあるのだろうか…
そしてのび太を操る人間リモコンの自動操縦が作動していない現実
曹長は自身の顔が不安と恐怖で引きつっていくのがわかった
曹長「く…くそ…そんな、そんな馬鹿な事があるはず…無い!」
のび太「……実体化するならどこか水のある場所をお勧めするよ…」
曹長「そんなハズは無ァい!!!」
のび太「駄目だ!こっちに来たら…!」
曹長「うわぁぁぁぁ!!?」
曹長の体がみるみる蒸発していく…!
曹長「これはッ!?マンホールッ!!?熱いッ!!!か、体がァ!!!」
曹長「アアアアァァァァ……」シュウゥゥゥ…
のび太「……お互い自分の道具に負けるなんて…皮肉なもんだ」
しかし敵を倒したところでのび太は『人間リモコン』に操られるがまま…
先ほどの様な恩を受ける事が今後も無ければ餓死するまで彷徨う事になる……
のび太は再びどこかに向かい走り出した…
のび太〈稲妻ソックスで町を駆け抜けるのは気持ちがいいなぁ…〉
のび太〈けれど道具を使うだけで……自分から何かしようとした覚えがあんまり無いな…………〉
のび太〈ドラえもんも愛想を付かすわけだよ……〉
のび太〈あれは………見覚えのある人影だ……あの下品なヘアースタイル…〉
のび太〈スネ夫みたいな髪だ………スネ夫?〉
のび太「……スネ夫!?スネ夫なのか!?ジャイアンは、ジャイアンはどこだ!?」
のび太の目の前には
泣き崩れたスネ夫がいた
スネ夫「あああ~のび太~…ジャイアンを…ジャイアンを助けてくれよぉ~」
のび太「落ち着いて!…それより君、スネ夫なのか!?元に戻ったんだね!?」
スネ夫「ジャイアンが身を徹して爆発から守ってくれたんだ……」
スネ夫「僕は上着が破れただけで済んだけど…ジャイアンがぁ…うわあああん!」
のび太「僕の額に付いたこの受信機を…外してくれないか?」
スネ夫「そんな物外してどうするんだ……?」
のび太「ジャイアンを……助ける!!」
スネ夫「ほ、本当かい!?ジャイアンは助かるのかい!?今外すよ!」プチッ!
のび太「良し!……腕さえ動かせれば!」
のび太はとりよせバッグからボロボロのジャイアンを取り寄せ
タイム風呂敷を被せた
ジャイアンの傷口がみるみる治っていく…
ジャイアン「……のび太!スネ夫!無事か!」
スネ夫「それはこっちの台詞だよ!」
ジャイアン「おお心の友よ!!」がしっ!
のび太「ちょ、ジャイアン…痛いってば…」
―――敵も諦めたのか
その後、ドラえもんの部下達の猛襲が続くことは無かった。
今朝からの怒涛の追撃をとうとう退けた事を実感した三人は
安堵の胸を撫で下ろすのであった。
ーとある家ー
ドラえもん「誰だい?」
中将「私ですけど……」
ドラえもん「ああ…どうしたんだい中将?」
中将「ターゲットが『大佐』と一戦交えた模様。それと『兵長』と『曹長』から報告がありません、恐らく…」
ドラえもん〈一日で二人もやられたか……のび太め、なかなかやるな……〉
ドラえもん「そうかい。じゃあ次の強襲日を決めておくよ」
中将「……」
ドラえもん「何か言いたげな顔だね…?」
中将「あの……ボス、お言葉ですが…」
ドラえもん「何だい?」
中将「葬るのなら今すぐに全戦力を向けて潰すべきです。」
ドラえもん「ふむ…」
中将「ターゲットの疲労も相当蓄積されているはず。今なら我々で…」
ドラえもん「う~ん…」
中将「全戦力とは言わずとも、間髪を入れず戦力を投入し続けるべきでは?」
ドラえもん「今すぐってわけにもいかないんだなぁこれが…」
中将「?」
ドラえもん「『階級ワッペン』はいくつあるか知っているかい?」
大将〈ドラえもん〉
中将、少将
大佐〈校内放送の男〉
中佐、少佐
大尉、中尉、少尉
准士官
曹長〈手に取り望遠鏡の男〉
軍曹〈スネオ〉
伍長〈ジャイアン〉
兵長〈そっくりクレヨンの少年〉
上等兵、一等兵、二等兵
中将「17…ですね」
ドラえもん「僕は准士官より低い階級にはワッペンを貼っていない。残りの人選は全て部下に任せている。」
ドラえもん「それと道具の編成も……何名かは僕が選んだけど殆ど君と准士官に任せてる。」
中将「私と面識の無い部下も数名おりますが……よろしいのでしょうか?」
ドラえもん「別にかまわないよ……あまりこういう言い方はしたくは無いが、下の階級の者は『捨て駒』なんだ」
ドラえもん「僕の部下がちゃんと仕事をし終えていたなら…」
ドラえもん「君達、上の階級の者と戦うまでに、のび太は実に10回近い戦闘をこなすことになるだろうね」
中将「実戦による成長度合いは未知数です。あまり経験を積ませない方がよろしいのでは…?」
ドラえもん「いいや逆だよ。戦わせれば戦わせるほどこちらの勝率が上がると言っていい」
中将「?」
ドラえもん「五割の勝率と十割に近い勝率……誰だって後者を選ぶよね?」
中将「……この時間差襲撃の意図は疲労させるのでは無く、ターゲットが持ついくつかの凶悪な道具を消耗させる事にあると……?」
ドラえもん「その通りッ!忌々しい奴を墜とすには『早期決着』ではなく、ある種の『兵糧攻め』にも似た『持久戦』ッ!」
ドラえもん「というわけで、戦いの日までしばらく暇だろう?バカンスでも楽しんできてよ」
中将「…失礼します」
―――しばらくの間、のび太達を襲ってくる者は現れず拮抗状態が続く…
10日目…
痺れを切らしたのはのび太の方であった
タイムマシンが何時、直されるかわからない現状…
早期決着を迎えたい彼にとって、一刻の猶予も残されていないと言えよう
7月23日…
この日、ドラえもんを討つべく、のび太はひとつの『賭け』に出る…
――7月23日、朝――――――…
ースネオ宅ー
スネ夫「今日だけ単独行動するだって?」
のび太「悪いけど……」
スネ夫「ぼ…僕はいいさ…でもジャイアンが許してくれるかどうか…」
ピンポーーン
のび太「噂をすれば…」
ジャイアン「おーーい!今日も作戦会議するぞーーっ!」
のび太「ジャイアンには上手く言っておいてくれよ!『通り抜けフープ』ッ!」
スネ夫「ああっおい!……困ったなぁ、あれからすっかりお節介だからなジャイアンの奴…どう誤魔化そうか…」
ー街ー
のび太「しかし本当に何も無いなぁ……」
のび太「出木杉は留守だし、しずちゃんも特に変わった様子は無い……」
のび太「今日こそあれを使うか……だけど、チャンスは一回だ……」
のび太「今すぐに使うべきか……」
「ふぇぇぇん……ふぇぇん……」
のび太「……何だ…?」
のび太が悩みながら朝の街を歩いていると
シャッターの前で泣いている女の子を見つけた
のび太「どうしたんだい?」
幼女「……ふぇぇ…?」
のび太〈……何だか……とてつもない誤解をされそうだなぁ……〉
幼女「お金が…お金が足りないよぅ……」
のび太「うーん困ったな……いくらだい?」
幼女「ごじゅーえん……」
幼女「ふぇぇん……ふぇぇん……」
のび太〈…50円か……ま、いっか〉
のび太「それくらいなら……」
のび太は女の子に50円玉をさしだした
幼女「ふぇぇ…ありがとぅ…」
のび太「それにしても何でこんなとこにいるんだい?お母さんは?」
幼女「ふぇぇ…いないよぅ……」
のび太「迷子か…まいったなぁ…」
幼女「ふぇぇ…迷子だよぉ……」
のび太「そっか………」
のび太〈やっぱり……とてつもない誤解をされそうだなぁ……離れよう……〉
のび太「君も一人でこんなとこにいちゃ危ないよ、お店まだシャッター閉まってるし…」
幼女「ふぇぇ…危ないよぅ……」
のび太〈しょうがない…あそこの雑貨屋のおばちゃんにでも子守を頼んで…〉
幼女「――…今に連なる総ての始まりと終焉を司るデウスの腕≪かいな≫から 我を安息の地へと誘い給え」
のび太「え?」
幼女「ガイアの潮流よ、我が身を纏い 虚大なるスピラを成さん」
ドパァ―――z___ン☆
のび太「――――――ッ!?」
少女が何かを唱え終えると
足元からまばゆい光が溢れ出し
のび太達をあっという間に包み込んだ――――――…
のび太「――――………何だったんだ今のは……?」
ガラガラガラガラ…
店員「へい!いらっしゃい!」
のび太「あ…………」
幼女「ふぇぇ…おみせ開いたよぅ……」テクテク
のび太「…………」
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・
のび太〈どういうことだ………!?〉
のび太〈女の子が…ヘンなお経を唱えだしたかと思ったら…〉
のび太〈お店が開店したッ!!〉
のび太「……どうかしてるな、僕は…!」
のび太「……ごくっ」
ジキルハイドを手の平いっぱいに取り出し
それを全て口に含むのび太
のび太「……普通に考えて……これはつまり『敵襲』じゃあないか。しかし…」
のび太「ドラえもんの奴、あんな小さい子までも傘下においたのか!?」
幼女「ふぇぇ…おみせの人がおまけしてくれたよぅ……」
のび太「クレープ買いに来たのかい?」
幼女「ふぇぇ…おにぃちゃん…一緒にたべよぅ……」
のび太「えー…うん…〈調子狂うなぁ…本当にドラえもんの部下なんだろうか……〉」
のび太〈そもそも階級ワッペンが見当たらないぞ…こんな子が、戦いに……?〉
幼女「ふぇぇ…ごちそうさまぁ……」
のび太「はやいよ、もっと噛んで食べないと…って、一箇所かじっただけじゃない」
幼女「ふぇぇ…これじゃないよぅ……」
のび太「?」
幼女「かすたーどでずねーろーるが食べたいよぅ……」
カスタードデズネーロール
それは日本最大級の遊園地「デズネーランド」にのみ販売されている
大人気クレープである
魔女によってお菓子の屋敷に招待された貴族の子供達が赴くままにお菓子を食していく内に
自分達がクレープの生地にされてしまうという何とも後味の悪い原作があるのだが
その 他作品と一線を画すホラーな作品のクレープが元になっている事で話題を呼び
今日に至る……
のび太「また贅沢言うなぁ…残念だけどここじゃあそんな高価なクレープ……」
女の子がのび太の手を握った
のび太「え…ちょっ……」
幼女「――…久遠の昔より旅人はかく語りき、悠久の大河を経て聖域(ここ)に 我にその大いなる“運命石の扉”を紐解け」
のび太「!?」
ドパァ―――z___ン☆
ガヤガヤワイワイ…
のび太「ここは――――――ッ!?」
幼女「ふぇぇ…着いたよぅ……」
のび太が空を仰ぐと
巨大な観覧車が眼前を覆っていた
のび太「デズネーランド……!」
のび太〈――――馬鹿なッ!!まるで……どこでもドアじゃないかッ!!〉
のび太〈だけど道具を使った様子はないぞ!?〉
幼女「ふぇぇ…おにぃちゃんの分だよぅ……」
のび太「ああ……ありがと……え?」
幼女「ふぇぇ…いただきまぁす……」はむっ…
のび太「代金はどうしたの?」
幼女「ふぇぇ…あついよぅ……」
のび太「…そりゃあ出来たてだから熱いよ」
幼女「――…混沌の渓谷より吹きし死の風よ、大地の息吹を天に還し 宵闇を纏いし深き朱を砕け」
ドパァ―――z___ン☆
突如、デズネーランドは猛吹雪に見舞われた…!
握りこぶし程の雪の塊や雹が辺り一面に降り注いでいく
四方から人々の逃げ惑う悲鳴が次々と飛び交った
のび太「――――う…」
幼女「ふぇぇ…くれーぷおいしいよぅ……」
のび太「やはり…君なのか…さっきからこの異常な…現象を起こしているのは……」
幼女「ふぇぇ…みんなさむそうだよぅ……」
のび太「きみ…今すぐ……この……吹雪を………」
幼女「ふぇっwwwwふぇぇwwwwwwwwwww」
のび太「!?」
幼女「ふぇぇwwwwwみんな倒れていくよぅwwwwwwwwwwwwwwww」
のび太「………『悪意』の無い…無垢な悪ほど…邪悪なものはない…ッ!」
のび太は女の子のフードを掴み上げた
幼女「…ふぇぇ…?」
のび太「戻すんだッ!全て元通りにッ!!」
幼女「ふぇぇ……おにぃちゃんこわいよぅ…」
のび太「元に戻すんだよッ!出来るだろうッ!?」
幼女「――ガイアの潮流よ、我が身を纏い 虚大なるスピラを成さん」
ドパァ―――z___ン☆
――――――…
のび太「――――…時が戻った……!」
閉じているシャッターの前で
少女がぼんやりと両手を見つめていた
幼女「ふぇぇ…くれーぷ無くなっちゃったよぅ………」
のび太「こんなぶっ飛んだ超常現象を起こせる道具があるとすれば……!」
のび太「自分で魔法を作って使える道具…『魔法事典』だけだ!!」
※魔法事典
この辞典に書き込むことで、魔法が使えるようになる
『魔法事典』は魔法が自由に作れる反面
デメリットがあった
それは、持ち主以外の者が偶然その呪文を唱えても、魔法が発現するという点である
そして使用者が作った呪文を『逆から唱える』ことで、使用者の魔法の効力が消えてしまう
のび太「しかしあんな長い詠唱……デメリットどころか最強じゃあないか……!」
幼女「ふぇぇ…?」
のび太「君、どこでこの道具を?……それに、シールか何か貼られなかったかい?」
幼女「ふぇぇ…あしたもらったよぅ…まほうがつかいたぃっていったら…もらったよぅ…」
のび太「は…?」
幼女「あした、みどりのしーるをはられて…あおいたぬきさんに本をもらって…しーるもはがしてもらったよぅ…」
のび太〈…あ、頭がパニックで割れそうだ……時が戻ったからジキルハイドを飲んでいない状態なのか僕は…〉
のび太は必死に少女の言葉を整理した
のび太「明日この子は緑のシール、つまり階級ワッペンを貼られる……明日って事は未来から来たのか?」
のび太「そして青い狸さん、即ちドラえもんに『魔法事典』をもらう…」
のび太〈『魔法事典』…僕はすっかり忘れていた。目の前で数回魔法を使われてやっと見当がついたくらいだ……〉
のび太「その後、ドラえもんはわざわざ貼ったワッペンを剥がした……」
のび太「……緑の階級ワッペンは確か『一等兵』だったな……」
のび太〈……う~ん限界だ……知恵熱で死んじゃう………〉
のび太は一日分あろうかという程の量のジキルハイドを目一杯口に含んだ
のび太「明日の事を含むんだ。状況は理解できなくてもいい。それでもいくつかのケースを想定しておかなければ……」
のび太「僕は今日ドラえもんを探し当てるつもりだった…仮説としては、この後、僕はドラえもんに『魔法事典』で殺されて…」
のび太「翌日、入れ違いで部下が引き込んだこの子に、面白半分で道具を渡してみたら…この子が魔法でワッペンを剥がして過去に遡った……?」
のび太「そして今、僕の目の前にいる……辻褄を合わせるとしたらこんなところかな。」
のび太は取り寄せバッグを使い
少女から『魔法事典』を取り上げた
幼女「…ふぇぇ…?」
のび太「悪いけど、この『魔法事典』、没収させてもらうよ。これは危険すぎる」
幼女「………」
のび太「じゃあね、ママのところに帰りなよ」
幼女「…ふぇぇん……かぇしてよぅ……」
のび太「駄目だ、もう一度言うけどこれはとても危ない道具で…」
幼女「――…混沌の渓谷より吹きし死の風よ、大地の息吹を天に還し 宵闇を纏いし深き朱を砕け」
のび太「!」
ドパァ―――z___ン☆
幼女「ふぇぇwwwwふぇぇwwwwwwwwwwwwwww」
快晴だった天気は一変し
街に猛吹雪が吹き荒れる…!
幼女「ふぇぇwwwつめたいよぅwwwwwwwww」
ビュゴオオオオオオオオオ……
のび太「…やっぱり君なんかに、こんな危ない物を持たせるわけにはいかない…」
幼女「ふぇ…」
のび太〈この『オールシーズンバッジ』があれば、猛吹雪だろうと僕の周り数メートルには影響がない…!〉
幼女「……………」
幼女「――…今に連なる総ての始まりと終焉を司るデウスの腕≪かいな≫から 我を安息の地へと誘い給え」
幼女「ガイアの潮流よ、我が身を纏い 虚大なるスピラを成さん」
ドパァ―――z___ン☆
ビュゴオオオオオオオオオ……
幼女「ふぇぇwwwwwゆきだるまだよぅwwwwwwwwwwwww」
のび太〈時を数時間先へ進めたのか…!!積もって前が見えないぞ……!〉
のび太「けど…僕には『スーパー手袋』の怪力があるんだ!こんな雪くらい掻き分けて…!」
ゴバァァァッ!
幼女「ふぇ…」
のび太〈このままでは近隣の被害が酷い…僕も魔法を作ってこの現状を……〉
幼女「――…虚ろなる闇に生まれしものよ、非情の腕≪かいな≫をもって 忘却の海に沈み逝く記憶を縛れ」
ドパァ―――z___ン☆
のび太「事典が…ッ!開かないッ!!」
幼女「ふぇぇwwwwぁかないよぅwwwwwwwwwwwwwふぇぇwwwぁかないよぅwwwwwwwwwwwww」
のび太「こいつ…ッ!」
幼女「――…炮烙の乙女よ、大いなる意思によって刻印を定め 有りて罪多き回廊を導かん」
ドパァ―――z___ン☆
のび太「事典がひとりでに…あの子の手に戻っていく…ッ!」
幼女「ふぇぇ……返してもらったよぅ……つぎのまほぅでおしまぃだよぅ……」
のび太〈あまり深く考えていない……この子は『直感』で次の手を打ってくる……!〉
のび太〈子供の思考で考えるんだ…!目の前に敵がいたら…どうする…!?〉
目の前に障害があれば
誰だって取り除こうとするだろう…
次の魔法は恐らく――――――『死』
のび太「参ったな…!邪魔なオモチャを片付ける様に…この子は僕を排除するだろう…」
のび太「問題はその『内容』だ……『外傷的なもの』なのか……『全く傷つけずに対象を死に至らしめる』ものなのか……」
のび太〈生き残れる望みはひとつ……!しかし、それを決めるのはあの子だ……!〉
のび太〈――――……だけどもし、その選択権を『僕が』獲ることが出来る道具があるとしたら…?〉
―――――10日前、裏山に着いた時の事である
ドラえもんに対しのび太は、あるひとつの罠を仕掛けていた
その罠というのは
一度作動してしまえばドラえもんの位置が手に取るようにわかる、というものである
しかし、ドラえもんがその罠に引っかかるのかは全く保障できるものでは無く
罠に引っかかったとしても、何時どのタイミングで引っかかるのかも不明である
そんな博打にも似た罠を
強制的に発動させる方法がひとつだけあった……
のび太「罠の効果時間は引っかかってから…誤差を含めれば『1時間前後』…!」
のび太「この子の一撃必殺の魔法を避け…ドラえもんを罠にはめる…!」
のび太「……両方叶ってくれる事を祈るばかりだ…!!」
のび太は錠剤のようなものを二つ取り出し
それらを飲み込んだ…!
幼女「――…地に堕とし宿命と共に灰燼と化しん 神苑の淵へと還る大海に至らんとする流れを渡れ」
ドパァ―――z___ン☆
ドクンッ!!
のび太〈……………〉
のび太「」どさっ
幼女「ふぇぇ……おにぃちゃんうごかないよぅ………」
幼女「ふぇぇ……おきてよぅ………」ツンツン
のび太「」
幼女「ふぇ…」
のび太「」
幼女「ふぇぇ……しんでるよぅ………」
のび太「」
幼女「ふぇっwwwwwwwwwふぇぇwwwwwwwwwwwwwwww」
のび太「」
幼女「ふぇっwwwwしんでるよぅwwwwwwwwwwwふぇぇwwwwwwwしんでるよぅwwwwwwwwwwwwwwww」
幼女「ふぇぇwwwwふぇぇwwwwwwwwwwwww」
のび太「やぁ」
幼女「ふぇぇwwwwwwwふぇ…」
少女が後ろに振り返ると
そこには三角頭巾を被った、足の無いのび太が……
┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・┣¨・・・
幼女「ふぇ………ふぇぇ………」
のび太「………バアっ!!」
幼女「ふぇぇぇん………こわいよぅ…………」トテトテトテトテ……
のび太「……どっかいっちゃった……やっぱり子供だ……」
のび太は幽体から自分の肉体に戻ると
少女の落としていった魔法事典を拾い上げた
のび太「まず、この吹雪を止めなければ……この事典、開かない様だし燃やしてしまうか。」
のび太「『とりよせバッグ』でライターを取り出して、と………」シュボォォ…
のび太が魔法事典を燃やすと
それまで吹き荒れていた猛吹雪が嘘の様に治まった…
分厚い雲の切れ目から、夏の日差しが差し込む…!
のび太「太陽の位置……ひょっとすると……もう既に昼を過ぎているのか……?」
―――少女の魔法が放たれる直前、のび太が服用した二つの錠剤のような物…
そのひとつが『うらめしドロップ』である
これを飲み、眠りにつくと一時的に魂が体を離れ幽霊になることができる
のび太はうらめしドロップを服用し
魂を肉体から離すことで死の魔法を避けたのである
※ちなみに『うらめしドロップ』は服用後、眠らないと効果が発動しないが
のび太は0.93秒で眠りにつくことが可能
……だが、少女の使う魔法が『全く傷つけずに対象を死に至らしめる』魔法でなければ
この作戦は成功しなかったと言える
もし魔法が『外傷的なもの』であれば
肉体はズタボロにされ、幽体から戻った時点でのび太は死んでいたであろう
のび太は何故そんな危険な賭けを実行に移せたのか…
その答えは 服用したもうひとつの道具にあった
のび太「今から三時間………僕は信じられないような幸運に見舞われる……!」
のび太「この『ツキの月』…最後の一粒が残ってただけでも幸運なくらいだ…!」
『ツキの月』を飲むと三時間だけ幸運を呼び寄せる…
つまり、のび太はこの道具を服用する事により先程の魔法を凌ぎ
尚且つ『運任せ』とも言える無謀な罠を強制的に発動させようと試みたのである
のび太〈僕にとって幸運が訪れるとすれば『今日中にドラえもんとの決着がつく事』、それだけは間違い無い筈!〉
のび太〈それでも『運』が向かないのなら仕方が無い…またみんなと作戦を練り直すだけ……〉
時刻は午後3時を回ろうとしていた……―――
―――『ツキの月』を服用してから、待つこと約2時間…
半分諦めかけていたその時である…!
町で時間を潰していたのび太に緊迫した空気が纏わりついてきた…!
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
のび太〈ドラえもんの奴…とうとう罠に引っかかった!〉
のび太「あっちから感じるぞ…!この異様な感じは……間違いない!」
のび太は街の本道を抜け、住宅街へと駆け出す
道行く人の影が落ち 町が徐々に色を付け始める頃
街角から流れるラジオが時刻を告げた…
「ピッ…ピッ…ピッ…ポーン……」
「―――さぁ17時を回りましたミュージックチャンネル。7月23日現在のヒットチャートをお送り致します…」
ー住宅街ー
のび太「――――――行き止まりッ!!?」
のび太〈参ったな…ここら辺の地理はあまり詳しくない…回り込んでる時間は無いぞ……!〉
のび太〈ドラえもんは明日まで『魔法事典』を持っているんだ…『ツキの月』の強運が味方をしているうちに対峙しないと…!〉
のび太「……回り道して時間を食うより……多少目立っても確実に近づいた方がマシだ…!」
のび太はタケコプターを取り出し
空を進んだ…
のび太「あまり上昇するとかえって危険だな……屋根に隠れる様に進まなければ……!」
前方の屋根にのび太が足をつけようとしたその時――――――
突如、銃弾のようなものが、のび太の肩をかすめた…!!
のび太「うわっ!!こ、この攻撃はッ!!?」
飛行機の漏れたエンジンが引火していく様に
傷口から赤々しい血液が飛散し墜落していく
のび太〈下に……誰かいる……ッ!!〉
下に居る男が再び目に見えぬ攻撃を繰り出す…!
のび太は思わぬ不意打ちに体勢を崩し尻餅をついた
のび太〈くそっ……こんな時に……ッ!!〉
大男「……そろそろのび太が来る頃だと思ってたぞ」
のび太が崩れた体勢から大男を見上げると
ジャケットに張られている『准士官』のワッペンが
夕日に照らされギラリと輝いていた
准士官「お前が今にボスの居場所を把握しようとしてるって『中将』が言うんでな」
のび太「…ドラえもんのやつ…自分の位置が割れている事に気がついてないのか…」
准士官「そぉいう事よ。上がボスに連絡を取ろうと躍起になってる間、俺達下っ端は道中見つけ次第足止め役ってわけだ」
のび太「大した統率力だよ…君達のボスはワッペン以外にも何か道具を使って従えてさせているようだね…」
准士官「さぁ…どうだったかな…」
のび太〈この忠誠と統率……『桃太郎印のきび団子』を使っていてもおかしくない……!〉
准士官「お前は中々の策士だと聞いてるが……まさか仲間を連れてくるとは…」
のび太「仲間?」
のび太は後ろに振り返った
次の瞬間、ナイフのように鋭い衝撃波が胴体を貫き、のび太を壁に叩き付けた!!
のび太「ガハッ!?」
准士官「おいおい……策士って情報は何かの間違いか?」
のび太〈き……気のせいか……後ろで気配がしたんだけど……!〉
のび太〈……い、いや……そんな事よりもだ………こいつのこの攻撃は……!〉
准士官は先端にスペースシャトルの付いたストローを咥えていた
※ロケットストロー
吹くと勢い良く空気を噴射する。下に向けて吹けば空を飛ぶことも可能
のび太「『ロケットストロー』?そんな……オモチャで攻撃を………!?」
准士官「そう……こいつは本来なら空を飛んで遊ぶ為の道具さ……」
のび太〈……まるで……投げナイフだ……これ程の空気圧を飛ばすなんて……!〉
准士官「そしてもうひとつのこれがッ……俺の真骨頂……!」バギッ
のび太「……!!」
准士官は素手でブロック塀を握り締め、粉々に砕いて見せた…!
准士官「『強力スーパーパワーゲン』ってのをだいぶ前から5分置きに服用してる。知ってるか?」
効果が現れるまでに30分かかるが
一粒飲むと力が2倍に、二粒飲むと力が4倍…と段々力が強くなっていく道具である
のび太〈それで『肺活量』も強化されていたって事か…なら、こいつの腕力は…!〉
准士官〈遠距離で動きを止めて……!近づいて仕留めるのが…俺の…ッ!!〉
准士官〈必勝の……戦法ッ!!〉 ズガァァァァァンッ!!
倒れているのび太に対し
准士官がその鋼の鉄槌を振り下ろした…!!
のび太「……悪いけど君のような格下に手を焼いているほど暇じゃ無いんだ……!!」
巨大なその拳はのび太の顔面を丸ごと覆っていた…!
しかし、自信の一撃を打ち込んでも崩れる事の無いのび太に対し
得体の知れない脅威を感じた准士官は警戒する様に腕を引っ込める……
振り下ろしたその拳からは水が滴っていた…!
准士官「……こいつッ!?体を『液体』にして今の攻撃を避けたのかッ!?」
のび太「『サンタイン』って道具さ……!!一粒飲めば体が『液体』になる…!」
准士官「…曹長のやつに渡した『トロリン』ってやつも確か似た能力を…!」
のび太「あの道具、君が渡したのか…!」
准士官「俺や『中将』は道具の支給係だからな……」
のび太の頭の中に
相関図のようなものが浮かび上がってゆく……
10日前に戦った曹長の言動や行動から察するに
この組織は、部下が新たな人材を見つけワッペンを貼るシステム……
のび太〈ワッペンを貼られた後、道具を渡されそのまま戦いに向かう者もいれば……ドラえもんの『桃太郎印のきび団子』で洗脳されてしまう者もいるという事か…〉
のび太〈実際、即戦力要員であろうジャイアンなんかはバットを振り上げた時に隙が生まれるほど統率が弱かった……〉
のび太〈今朝戦った女の子はドラえもんによって直接道具が渡された、しかし彼女は『魔法事典』の能力でワッペンやきび団子の支配から逃れたって事か……?〉
のび太〈それより一番気になるのが出木杉だ。『桃太郎印のきび団子』で完全に洗脳されていた場合どうやって止めるべきか……〉
准士官「……他事でも考えてんのか?『液体』になっただけでもう勝った気でいやがる…気にいらねぇな……」
のび太「…僕も同じ手で苦労させられたんでね…これで君のパワーは封じ……!」
のび太が言い終える前に
准士官が呆れたように大きな溜息を付いた
准士官「……お前には『支給係』の意味がいまいち飲み込めてねぇようだな…」
のび太「…?」
准士官「下の者に道具を渡す役を任されるって事は…道具の編成も好きに任されているって事だ…」
准士官「自分で道具を管理出来るとしたら…てめぇの取り分をどうするよ……!」
のび太「………!」
准士官「遠近距離特化だけでは無く……俺はあらゆる事態を想定して自分の道具を選んだ…!!」
准士官は『ミニ・ブラックホール』を取り出し、その欠片を口に含んだ
※ミニ・ブラックホール
この道具を少し食べるだけでご飯を何杯も食べられるほど腹が減るようになる
のび太〈相変わらず戦闘用からは程遠い道具……今度は何をするつもりだ…?〉
准士官「鈍い奴だな……」
准士官「知ってるだろ?『ストロー』ってのはコップに入った飲料水を口に運ぶ為にあるんだ」
准士官は再び『ロケットストロー』を咥えた
のび太「…ま、まさか……!!」
准士官「ブラックホールにご招待だッ!!粉々になるんだなッ!!」
のび太「ウォォォォォォッ!!」
准士官が勢い良くロケットストローを吸い込む!
下水や砂埃をも巻き上げて
周囲の全てが准士官の口へと運ばれていく…!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・!!
のび太〈だ、駄目だ…ッ!この攻撃は…液体になった僕に対しての…言わば『最善手』ッ!!〉
のび太「の…飲み込まれる――――――ッ!!」
のび太「――――――…!!」
准士官「――――――ッ!!――――――ッ!!」
のび太「…………!?」
のび太が目を開くと
顔を真っ赤にしながら
咥えたストローを必死に吸い込んでいる准士官がいた…
のび太「吸い……込まれてない……?吸引が止まった…!」
のび太「……ストローの吸引口に……ガムが引っかかってるのか……?」
准士官「ちくしょー……道端にガムなんか捨てやがって、ドアホ市民めッ!!」
怒りの赴くままストローを地面に叩き付ける准士官
のび太「ぐ、偶然にもほどがある……今度こそ駄目かと思った……」
准士官「ちっ…悪運の強い奴だ……!!」
のび太〈悪運……そうだった!『ツキの月』!効果は今も持続しているんだ!!〉
のび太「どうやら僕は幸運の女神に見放されていない様だ……!!」
のび太は取り寄せバッグからサンタインを二粒取り出し飲み込む…
液体だったのび太の体は、ぐんぐんとその形を元に戻していった…!
准士官「実体に…戻りやがった……!!」
のび太「『サンタイン』ってのは三態(さんたい)って言葉から来ているんだ。
『液体』、『気体』とくれば、三錠目は当然『固体』に戻る…」
のび太「君には少し難しい話だったかな……?」
准士官「何を…!んぐ!!」バシャァ!!
のび太「口に含んだね…?…今の液体、『ブラックホール分解液』だ。」
准士官「な…何故おめぇがその道具を…!」
のび太「君が持ってるって言ったんだ、その『ミニブラックホール』、道具の管理を任されている身なら…」
のび太「当然『分解液』の方も持参してると思ってね、隙を見せた君から『取り寄せバッグ』で奪った…!!」
准士官「…!!」
准士官「まだだ…!俺には誰にも負ける事の無いパワーがっ!!」
准士官がのび太に飛びかかる…!
のび太「……君が事前に服用していたという『強力スーパーパワーゲン』」
のび太「あまり服用し過ぎると『くしゃみ』で人を吹き飛ばせる程のパワーになる…!」
のび太はバッグからコショウを取り出した…
准士官「…何ッ!?」
のび太「『爆発コショウ』だ!!『自分自身の』クシャミで遠くまで飛んでいけッ!!」
准士官「ウォォォォォォッ!!」
爆発コショウを振りかけられた准士官のくしゃみは
爆弾が炸裂したかの如く強烈な爆風を生み出し
准士官は遥か彼方まで吹き飛んでしまった…!
――――――…
のび太「『強力スーパーパワーゲン』で強化されたくしゃみだろうと……僕は『台風の複眼』で風を無力化出来る…」
のび太「『爆発コショウ』も本来なら使用者自身を飛ばすほどの設計はされていない……」
のび太「……みんなに……自分勝手に道具を使わせるから……こんな惨い結末を生む事になるんだ……」
のび太「許さないぞ……僕はドラえもんの事…絶対に許さないぞ……!」
敵を哀れんでいる暇は無い…
諸悪の根源と決着をつける為、のび太は再び走り出す
静けさを取り戻した住宅街の一角…
そこには、准士官の着ていたジャケットだけが空しく横たわっていた…
――――――…
のび太「街を抜けてからだいぶ経ったけど……!!」
のび太「段々距離が近づいて来たぞ……!!」
ドラえもんとの距離を徐々に詰めていったのび太だが
ここに来て一転、憂慮すべき事態に陥る…
のび太「ハァ…ハァ……」
のび太「な…なんだ…ドラえもんの奴…」
のび太「さっきまでこっちの方角…『西側』にいた筈だぞ!?」
のび太「真逆だ…今は『東』にいる……!」
のび太〈罠に気付かれたか――――――…ッ!?〉
のび太は進路を変えようと来た道を振り返る…
しかし…
のび太「今度は北ッ!!」
10日前から仕込んだ罠…
雲を掴むような話から始まり
やっと討つべき好機が訪れたというのに…!
のび太「くそ~…ここまで頻繁に移動されちゃ…!」
のび太「―――ッ!!」
それはドラえもんに気を取られていた一瞬の出来事であった…
違和感を感じたのび太は自分の足元へと視線を下ろす…
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・・
のび太「この……足の刺し傷は……何だッ!?」
知らぬ間に足をやられてしまった事で体勢が崩れ
無防備の状態でその場に倒れてしまう
しかし、それよりものび太が恐れたのは…
のび太〈……今…僕は、刺されたのか…!?〉
のび太〈全くだ……全く気配を感じなかった……!!〉
バッグから『警察犬つけ鼻』を取り出し着用しようとしたその時…!!
のび太に無数の刺し傷が襲う!!
のび太「っ……!!まずい……!『タイムふろしき』で傷を……!」
真新しい傷口を風呂敷で押さえながら
のび太は思考をフルに回転させていた…
平静を保とうとする程、いつもより早い動悸が焦燥感を煽る…
それは、この攻撃を突破する糸口が掴めなかったからに他ならない…
現在、自分を襲っている敵が
今まで戦ったどの相手よりも『格』が違う事を認識せざるを得なかった
のび太〈攻撃が止んだ…追撃してこない……!?〉
のび太「考えられるとすれば遠距離からの攻撃……しかし……!」
再び激痛が走る…
今度は腕から血しぶきが上がった…!
のび太〈傷を付けられている方向が毎回違うッ!!この敵は近くに居る―――ッ!!〉
のび太は腕を治す為、視線を下ろす――――――…
ガヤガヤ・・・ガヤガヤ・・・
のび太「――――――…何の…声だ……?」
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
のび太「――――――……!」
のび太〈……僕は街の本道を抜けて住宅街へと入った……!〉
のび太〈そして『准士官』を倒して……!ドラえもんを探して…――――〉
のび太〈それまでに僕は何かされていたのか……?〉
のび太〈い…いや、僕の意識は…!僕は至って正常だった!〉
のび太〈それなのに何故だ……?何故、僕はここに――――――
「―――――さぁ今週のミュージックチャンネル!如何だったでしょうか?」
バァ――z___ン!!
のび太が立っていた場所は
先程時間を潰していた街の本道であった…!
――――――……
スネ夫「ああっ、あそこ!ねぇジャイアン!!」
ジャイアン「あれは…!のび太!?おい、どうしたのび太!!しっかりしろぉ!!」
抜け出したのび太の安否が気にかかり、街に繰り出した二人は
街からやや離れた裏通りにて、電柱にもたれ掛かる様にして倒れていたのび太を見つける…
意識を確かめるように二人が必死に肩を摩るも
のび太のその目は焦点が合う事無く宙を漂い 表情は燃え尽きた炭の如く困憊しきっていた…
スネ夫「僕が…僕が単独行動を許したばっかりに……!」
ジャイアン「スネ夫!悔やむのは後だっ!とりあえずここはまずい…担いで家にかえっぞ」
?「そういう訳にはいかんな…」
スネ夫・ジャイアン「!?」
ジャイアン「なんだよオッサン!こいつは…のび太は俺達の…!!」
ジャイアンの言葉を遮るように男は手帳を見せる…!
スネ夫「ジャイアン……本物の警察だよ…!」
ジャイアン「…っ!」
警部「7月13日に学校で起きたテロ事件…この子はその重要参考人なんだ…」
警部「君たちに憎まれても構わない。だが私は、テロに巻き込まれた自分の子供の無念は晴らしたいと思っている…!!」
スネ夫・ジャイアン「……!!」
警部「事件解明の糸口を見つけたい。悪いが、この子は連れていかせてもらうよ…」
ただならぬ男の熱意と気迫に
二人は何も言い返す事が出来なかった…
―――――それから一週間が過ぎた…
朝日が街に差し込むより少し前…
二つの人影が街道を歩く…
男「本当に…覚悟はできてるんだろうな…」
街頭にぼんやり照らされた訝しげな表情が
もう一人を見据えて言った…
女「あたり前だろ?チャンスがあるとすれば今日さ…」
女が頷く様に答える
その右手には 透明な刃物が握られていた
女「今日…あたし達は自由になるんだ…!」
――7月30日、朝――――――…
ー留置所ー
警部「あの子は…あれからどうかね」
担当刑事「体調は大分回復した様ですけど…」
警部「依然、口は開かず…か」
担当刑事「ええ…」
警部「ふむ、困ったな…」
のび太は警察に身柄を拘束され
留置所で取調べを受けていた…
逃げようと思えば『通り抜けフープ』等で逃げる事も出来た
しかし、スネ夫やジャイアンに被害が及んでしまう事を思えば
留置所の方がいくらか安全と考え、踏み止まる
ここにいればドラえもんも襲ってはこない……
のび太〈もう……全部…疲れた………〉
いつもの様に、とある一室に呼び出され取調べが始まる…
我が子の仇を討たんとばかりに必死に訴えかける警部
それでも、のび太は頑なに口を閉ざす…
無関係の者を巻き込みたくない
何よりのび太自身、この戦いを続けられる精神状態ではなかった…
いつも通りの空虚な時間が過ぎ
雑居房に戻るのび太
のび太〈おなかすいたな……ご飯にしよう………〉
留置所での食事は少しの自由が許されており
自費で出前を取ることも出来る
のび太は『グルメテーブルかけ』で注文し
自分で食事を用意していた…
標高7000メートル以上ともあろう高山から削り取った氷で冷やしたグラスに
遥か山脈の地中深くから汲み上げた良質な天然水を注ぎ、食事中はそれで水分を摂る
前菜はイタリア料理
生ハムやサーモン等を特製ソースで和えたサラダで始まり
パスタ、リゾットとその日の気分で一皿目を注文
フランスの最高峰グラニデ〈冷菓〉で口直しの後
メインディッシュのヴィヤンドに移る
こちらもフランス料理であり
皿に飾り付けられた華やか彩りは殺風景の留置所にどこか気品を持たせる……
それらを一通り食したのち
三ツ星レストラン専属のパティシエまでもが舌鼓を打つという最高級ケーキを一切れ…
食後のティータイムを楽しみ
『グルメテーブルかけ』の前で両手を合わせ深々とお辞儀をすることで
のび太の一食は終わる……
男「軽い気持ちでつまんでみたら……何と豊穣極まりない味!」
のび太「……」
隣でつまみ食いをしながらのび太を茶化すボサボサ髪の男…
同じ雑居房に住む同居人である
男「あんたも強情だね…毎度取調べを受けても相変わらず黙り込んでるらしいじゃないか…」
男「無関係ならありのまま吐いちまえばこんな豚箱から抜け出せるのに…」
男「この無愛想&物好き野郎めっ、このっこのっ…」グイグイ
のび太「………」
男「あーーー……退屈だ………」
男「……あんたはどんなヤマに首つっこんだんだ?」
のび太「…………」
男「俺はさ……クラッキングってやつさ………」
男「半月前……行政機関のサーバーにアクセスして……ある男の個人情報を抜き取った……」
男「……そいつは俺達の…大切な人の命を奪ったのさ………!」
――――――突如、見張りの警官達が慌しくなる…!
牢の前を次々と駆ける警官…
遠くの部屋から警報のような音が響いてきた……!
男「俺達は特定した……その男は…先日中学校で起こったテロ事件の組織に勧誘された一人だってな……!」
のび太「…!!」
男「奴は人の命を奪っておきながら今もこの街で生きている………!」
男「だから俺達は……復讐するのさ…!」 ボゴォンッ…!!
雑居房の壁が破壊される…!
崩れた横穴から出てきた男がこちらに手招きをしている
その上着には 半分に破れた『大尉』のワッペンが貼られていた…!
大尉「よぉ……豚箱生活ご苦労さん。」
のび太「まさか留置所にまで刺客を向けるとは……!!」
男「待て、こいつは俺の仲間だ…あんたを此処から出してやる。その代わり、力を貸して貰いたい…!」
のび太「誰がそんな事っ…信じられるとでも…!!」
大尉「何か勘違いしてる様だが……俺達は道具の力が欲しいだけで、てめぇを助ける義理なんて無ぇんだぜ…!」
大尉が腰に差した鞘から刀を抜き取る……!
男「二人とも落ち着いてくれ!」
男が二人を静止する
大尉「ちっ…仕方ねえ……」
男「悪いな…少し時間をくれ……」
のび太は『うそ発見器』を取り出し、二人にいくつか質問をした…
ワッペン以外に洗脳されていないか、逆スパイではないか…
しかし、うそ発見器が反応する事も無く 二人の述べた事が真意であると証明された
男「『野比 のび太』…あんたと出会ったのは偶然。いや、俺達にとっちゃまさに『奇跡』ってやつだ……」
男「あんたがいなきゃ『少佐』は倒せないんだ…頼む…!」
のび太「………」
男「……俺達は、そりゃ所詮ただの他人だよ………」
男「あんたが戦いから逃げてるだとか……人の心に土足で踏み込むような事は言わない………」
男「だけど…この組織のボスは例え、危害を加えようとしなくたって無関係の人間に仇なしていくぜ…」
男「先日の無差別テロのように……いずれあんたの周りの人間にも、だ……!!」
男「あんたは自分が此処にいた方が安全だと思うかもしれない…だけど、守れたはずの命が守れずに失っていくなんて……あんたには耐えられるか!?」
のび太「………っ!!」
のび太は男の差し出した手を掴んだ…!
男「行こうぜ……!戦いを終わらせにな……!」
「脱走だ!!取り押さえろ!!」
警官達が入り乱れ出入り口を塞ぐ…!
大尉「おっと…そうはいかねえ…!」
大尉は懐から取り出した手帳を
警官隊の目の前にちらつかせた
大尉「『PASSPORT OF SATAN』……読めるな?俺達の悪行を見逃せ」
「ぐぬぬ……!!ここは異常無し!通っていいぞっ!」
『悪魔のパスポート』を提示すれば、どんな悪事を働いても免罪になる
その先入観がわずかな弛緩を招く…
三人が留置所から出ようとしたその時である
――――――パァン!!
背後から響く発砲音と共に男がその場に崩れ落ちた…!
警部「何を……したか知らんが…!!ここは……通さん………!」
大尉「おい…!冗談じゃねぇぞ!!しっかりしやがれ!!」
男「う……うう………!」ドクドクドク・・・
大尉「他の警官の頭に隠れて『悪魔のパスポート』が見えなかったのか……!?」
警部が再度、男に銃口を向ける…!
大尉「こいつ!?『悪魔のパスポート』が通じねぇ…!」
再び留置所に鳴り響く発砲音!
しかし今度は着弾する事無く
その銃弾はのび太の手の平の中に吸い込まれた…!
のび太「危ない……銃弾はこの『ブラックホールペン』で描いた黒丸の中に吸い込ませた…!」
大尉「……!」ワナワナ…
のび太「今はこらえて早くここを出よう大尉…!男の怪我なら道具で治すことが……!」
のび太「待つんだ大尉!!」
大尉「てめぇ!!!」
大尉が刀を抜き警部に斬りかかる!
ズバッ!!
警部「ぐああああ………!」
そのままとどめを刺そうと大尉が切っ先を警部に向けた瞬間…
刀が、背後まで迫った『空気ピストル』の衝撃を弾き落とした!
大尉「……何のつもりだ!邪魔をするな!!」
のび太「もうやめるんだ!次、その警部に斬りかかったら今度は僕が『空気ピストル』でこの男の傷口を撃つ…!!」
大尉「ちっ…!」
ー外ー
大尉「――――――…ここまでくればもう大丈夫だろ…」
男「迷惑かけたな……」
のび太「怪我は大丈夫かい……?」
男「もう心配無い。助かったぜ。」
大尉「これから『中尉』と落ち合う予定になっている……中尉つっても俺が命令してお互いにワッペンは破いてあるけどな。」
男「女〈中尉〉を迎えにいってくる!二人はそこで大人しく待っててくれよ!」
大尉「頼んだぜ…俺達も一緒に移動したいが『少佐』に見つかった時点でアウトだ…」
男が女〈中尉〉を迎えに車を発進させる…
のび太は車が見えなくなった事を確認すると
来た道を再び引き返し始めた…
大尉「どこへ行く……!」
のび太「決まってるだろ…!警部の傷を治しに行く!!」
大尉「留置所に戻るのかっ!?」
のび太「あの傷は重症だ!僕の道具なら治せる!!」
大尉「バカが!!俺達がこの計画の為にどれだけ苦労したと思って…!」
のび太「……知らないよ、そんな事……!」
大尉「何だと……っ!!」
のび太「……お前が斬ったあの警部だって……被害者なんだ……!!」
のび太「…自分の子供が……学校でテロに巻き込まれていたんだよ!!」
大尉「…!!」
のび太「お前達からすればあの警部は……自分達の『障害』に見えたかもしれない…!!」
のび太「けどね……あの人だって必死に悩んでいたんだよ…!あんな道具なんかに屈しない程にね……!!」
大尉「……」
のび太「どいつもこいつも同じだ!傲慢な考えで自分を納得させて…現実が見えていないのはどっちの方だ!!」
のび太「お前達が自分勝手に行動するなら……僕も好きにさせてもらう!!」
大尉「水と油だな……相容れない仲って事だ…!」
大尉が刀を抜く…!
大尉「傲慢かまして行こうってんなら……お前の道具だけは置いて行って貰う…!」
のび太「…!!」
大尉「思い通りにしたいんなら……実力で語るんだな……!」
のび太「戦うことでしか…互いの気持ちを交わすことが出来ないのか…このわからず屋!!」
のび太はジキルハイドを取り出すも
それらを踏み潰した…!
のび太〈こんな仮面の人格にはもう頼らない…!!自分で考え、こいつを出し抜くッ!〉
のび太〈あの刀は……名刀『電光丸』だ…!!〉
※電光丸
この刀にはレーダーが内臓されており
たとえ目を閉じていても襲ってくる相手の動きを自動的に探知し、撃退する
のび太〈『黄金バット』と違い、振る意思は必要ない。いわば『超反射』!!〉
のび太〈ならば…!!〉
のび太は『がん錠』を口に放り込む…!
のび太〈体の強度を『鉄』にして……あの刃をあえて受けて止める……!!〉
大尉「何を……ッ!?」
振り払った大尉の刀がのび太の脇腹に
ズブズブとめり込んでいく…!
大尉「…こいつッ!?自分から刀に突っ込んで…!」
のび太「体の強度を固めれば…肉体に食い込み徐々に勢いを失った刃は急所に達する前に『止まる』…!」
大尉「…!」
のび太〈いくら自動で追撃する刀でも、刀身が動かなければその機能を……!〉
大尉「その覚悟は認めてやる……だがな!」
のび太「!?」
のび太の胴体に大尉の拳が炸裂し
その体を三件先まで吹っ飛ばした…!
大尉「ちっ……隣の通りまでぶっとばしちまった……!」
大尉「やつの覚悟、相当なもんだ……徹底的に仕留めておかないと、いずれ『障害』に成りかねん……!」
――――――――――――…
のび太「ゴホッ!………とりあえず……回復を……!」
のび太は自身の傷口にタイム風呂敷を被せる…!
のび太「奴の指に…『ウルトラリング』をはめられているのが見えた………」
のび太〈あの道具で得られる腕力は『スーパー手袋』以上……飛び道具で仕留めなければ…!〉
しかし、大尉の『電光丸』は飛び道具であろうと自動で探知し、阻止する機能が備わっている……
レーダーでのび太の位置を特定し、追い詰められるのも時間の問題であった……!
のび太「考えろ……!奴にダメージを与えるには…ッ!!」
大尉〈見つけたぜ………!〉
のび太「後ろかッ!?」
大尉「これで終わりだ…!」
大尉が背後からのび太の間合いに詰め寄り
刀を引き抜く…しかし!
大尉「……浅かったか…いや、『逸れた』!?」
のび太の急所を捉えたはずの刀は上へと逸れ
そのダメージは致命傷には至らなかった
のび太〈くそ…!『電光丸』がここまで反射的な速さで動くとは…!〉
大尉が疑念を抱いたと同時…
電光丸が独りでに動き出す…!
〈カツカツカツカツ……〉
大尉「何だ!?『電光丸』が勝手に……!それにこの音は…何を斬っている…!?」
電光丸が四方八方に空を斬りつける
その刀身は氷の粒を弾いていた…!
大尉「これは『氷』…?『雹』が降っているのか…!?」
のび太「……殴り飛ばされた後、お前が来るまでに『お天気ボックス』で2分だけこの一帯に『雹』を降らせる様に設定しておいた…!」
大尉「…!!」
のび太「電光丸は、この『氷の粒』も探知せざるをえない…!」
のび太〈だけど…降り注ぐ氷を弾きながらも電光刀は僕に傷を負わす事が出来た…!〉
のび太はもうひとつの道具を取り出す
のび太「あらゆる手を使って…電光丸の隙を大きくしなければ…!」
※ころばし屋
小さなロボット。十円玉を入れてターゲットを指名するとどこまでも相手を追いかけ
手にした拳銃状の武器を使って必ず3回転倒させる
のび太「『ころばし屋』…目の前の男を三回転ばせるんだ!」
大尉「!」
のび太「そして更に!僕も『空気ピストルの元』を使って、各指から『空気の弾』を撃つ……!」
上空から降り注ぐ氷の雨、『ころばし屋』の銃弾
そして『空気ピストル』…
ありとあらゆる飛び道具が大尉を襲うも、全く隙を見せる事無く
電光丸は全ての攻撃を弾いていく…!
そして、その時が訪れた…
大尉「…上がったぜ……『雹』…!」
大尉の突き出した電光丸がころばし屋を貫く…!
大尉「あとはお前だけだ……!」
のび太「……!」
大尉「あらゆる飛び道具も……どうやらただの時間稼ぎにしかならなかった様だな…」
のび太「…その通りだよ、2分稼げただけでも十分な成果だ!」
大尉「バカが……時間稼ぎで俺は倒せねぇぞッ!!」
大尉が襲い掛かる瞬間…!
のび太は道路に設置してあった大きなビニールの袋を投げつけた!
大尉「そこらの物を投げつけた所で!!この刀に敵うかよッ!!」
電光丸が袋を撃墜する…!
破けた袋の中から粉のようなものが飛散した…!
大尉「何だこれは……目暗ましのつもりか?」
のび太「かかったなッ!!」
大尉「!?」
のび太の指先からほどばしる電流が
電光丸を通して大尉の体内に流れ込む……!
大尉「う……ッ!?」
のび太「時間を稼いだのはこの『蓄電スーツ』の電流を溜める為さ!!」
※ちく電スーツ
着用して動き回ると静電気が起き、スーツに電気がどんどん蓄積されていく。
専用のアースを付けておかないと電気がたまりすぎ、1万ボルトを超えた放電が始まる
大尉「……だが、電流如きで俺がダウンすると思ったら大間違いだ…!」
のび太「何も感電させて倒そうだなんて思っちゃいない!!」
のび太はバッグから『黄金バット』を取り出し
大尉に振り下ろした!
バリィィィィィンッ!!
大尉「――――――――――――…………馬鹿な……」
電光丸は黄金バットと共に
粉々に砕け散った…!
のび太「…これで…勝負あった……ッ!」
大尉はしばらく放心していた…
電光丸とともに
これまで自身を支えていた
復讐心までもが打ち砕かれたような錯覚を覚えていたのである…
大尉「一撃で刀がへし折られた………」
大尉〈奴は……一体何をしたんだ…!?〉
のび太は蓄電スーツの専用アースを取り付け終えると
大尉に向かい合った
のび太「1週間前の話だ……」
のび太「真夏にも関わらず、この街は深さ1メートル半以上もの猛吹雪に見舞われた…」
大尉「……?」
のび太「たった数時間で雪は止んだけれど…その後も分厚い雲は北上を続け、他の地域にまで微量ながら雪を降らした…」
のび太「各地域は異常気象を懸念して……道路にこの袋を設置していたのさ…!」
のび太は先程投げつけたビニール袋を拾い上げて見せた
大尉「融雪剤……だと?」
のび太「融雪剤の主成分は塩化カルシウム……袋を撃墜した時、その粉は雹で濡れた電光丸に染み付いた…!」
のび太「後は蓄電スーツで電流を流し込めば……微弱ながら反応を起こしたその刀身は劣化する…!!」
大尉「………!!」
のび太「昔は融雪剤で車のサビが云々……留置所ではくだらない話しか耳に入ってこなかったけど…人の話は聞いておくもんだね……」
「――――――――そこまでだっ!」
後方から不意に発せられる怒声……
男「何をしているんだ二人とも!大人しくしておけって言ったじゃないか…!」
女「おっと、動くなよ…男もあたしがやる事に余計な口を挟むな…いいな?」
のび太「………ッ!」
振り返ると
先程の男に中尉と思われる女…そして…
のび太「スネ夫……捕まってしまったのか……ッ!?」
女「見ろ…あたしの言う通り人質を用意しておいて良かった…!」
男「おい!落ち着け!今『少佐』にこの事が気付かれたら……」
女「黙りな!どの道あいつが仲間にならないんじゃ全員あの世逝きだよ!!」
女「だから…汚い手でも何でも使ってあいつの道具を奪うまでさ…!!」
女がガラスのような透明の刃を
スネ夫の首筋に突きつける…!
スネ夫「あ…あわわ………」ガクガクブルブル
女「大尉、あんたが負けるなんてね……如何にそこの男が危険かわかったよ…」
大尉「面目ねぇ……」
女「構いやしないよ……あたしが何とかする…!!」
女「道具を差し出せば、この人質の命は助けてやる…!」
のび太「……!」
女「差し出す気が無いなら……こいつもお前も始末して道具を奪う!」
男「無茶苦茶だぞ女!……第一道具を奪ったとしても使い方を覚えている猶予は……」
女「あんただってわかるだろ!やっと奴を裁ける兆しが見えてきたんだ…その為ならあたしは容赦しない…!」
男「……っ!」
女「さぁ、好きなほうを選びな…!!」
のび太「僕は……!」
のび太は取り寄せバッグからスネ夫をとりよせた!
スネ夫「のび太ぁぁ~~!」
女「!?」
のび太「スネ夫!泣いている暇は無い!!逃げよう!!」
のび太はスネ夫を担ぎ
その稲妻ソックスの足で逃げる…!
女「残念だけど…!あたしの攻撃からは逃げられないよ!!」
女はその手に持つ
透明の刃を放り投げた…!
三人を撒くべく、道行く道を曲がり
街を全速力で駆け抜けるのび太…しかし!
スネ夫「の…のび太…さっきからおかしいぞ…この『刃』は!!」
のび太「!?」
先程投げられた透明の刃は
ぶれる事無くのび太の後を追従する…!
のび太「僕らの後をピッタリと付いてくる…これは『エースキャップ』でコントロールされた物だッ!!」
スネ夫「名前の響きだけで…な…何だか嫌な予感がするよ…!!」
のび太「そう…エースキャップを被って投げた物は、狙ったところに必ず命中させる事ができる…!」
スネ夫「ど、どうやって避ければいいんだよそんな道具!?」
のび太は立ち止まり
向かってくる刃と向き合う…!
スネ夫「う…うわぁ危なぁぁぁい!!」
ザクッ!
スネ夫「……………?」
スネ夫が恐る恐る目を開けると
透明の刃はのび太の持つグローブのミットに収まっていた…!
のび太「『がっちりグローブ』……悪送球だろうと、このグローブは飛んできたものを全て受け止めるッ!!」
のび太「だ…だけど…ッ!!」
のび太の手の平から血が溢れ出す…
その手には透明の刃が突き刺さっていた…!
のび太「ミ…ミットにきっちり収まると言っても……掴むタイミングは自分で調整しなきゃあならない…ッ!!」
スネ夫「手が貫かれてる…あわわ……」
のび太「これぐらいの傷ならタイム風呂敷で治せるからいいんだけど……痛ッ……!」
のび太は突き刺さった刃を引き抜いた後
貫かれたがっちりグローブを破き、脱ぎ捨てた…!
のび太〈それにしても…この透明の刃は何だ……?硬度は『鉄』並だけど、この独特な手触りは……?〉
スネ夫「の……のび太…あ、あれ……」
スネ夫が指差す先…
そこには複数の新たな刃が、まっすぐとのび太達を目指し飛んで来ていた…!
のび太「スネ夫……『透明のナイフ』って…どこの店で取り扱ってると思う…?」
スネ夫「し、知らないよそんなの!大体『透明のナイフ』なんて危なっかしくて……!!」
のび太「そう、その通りだ…だけどあの『中尉』はそんな珍しい物を何故これほど持っているんだ…?」
スネ夫「う…うわぁ命中するぅぅぅぅッ!!」
スネ夫「……………?」
スネ夫が恐る恐る目を開けると
今度はのび太が杖を掲げていた…!
のび太「旧約聖書のモーゼは…エジプトで奴隷として虐げられていたユダヤ人を率いて脱出する際、海を2つに割ったという…」
スネ夫「な……なんだ……?飛んできた刃物が僕らを逸れていくぞ…!?」
のび太「この『モーゼステッキ』は海を割ったモーゼの伝説のように……『水』を寄せ付けない…ッ!」
のび太〈思ったとおり…!これはただの刃物じゃあ無い…『水加工用ふりかけ』で作られた『水』の刃物だ!!〉
※水加工用ふりかけ
水に振りかけると好きなように加工できる
粘土、スポンジ、鉄ふりかけ等、種類は様々
スネ夫「す、すごいじゃないか!のび太のくせに頼もしいや!!」
のび太「だけどこの『モーゼステッキ』……何時、電池が切れるかわからない…」
スネ夫「…へ?」
のび太達に第三波の刃が押し寄せる…!
スネ夫「お、おい!これじゃ何時刺さるか……!」
のび太「『水よけロープ』を使おう。このロープを結んでその輪の中に入れば水を寄せ付けずに済む」
スネ夫「始めから出しとけやい!そういうのは!」
女「様子を見に来てみれば……中々しぶといね…!」
投げた刃物の道筋を辿り
中尉がのび太達に追いつく…!
スネ夫「き、来た…!!」
のび太「大丈夫……!『水よけロープ』には電池切れとかそういうのは無い…!」
女「なるほどね…あたしのナイフが『水加工用ふりかけ』で作られた物だと見抜いたのか……!」
中尉の攻撃を凌いだのび太だがその警戒を緩める事は無かった…!
一週間前に戦った准士官は
『強力スーパーパワーゲン』、『ロケットストロー』、『ミニブラックホール』を所持していた…
准士官より上の階級である中尉が見せた道具は『水加工用ふりかけ』に『エースキャップ』……つまり…
のび太〈この女は少なくとも……あと1つ道具を隠し持っている事になる……ッ!!〉
女「水が駄目なら……こいつを喰らいな!!」
女が新たな道具を繰り出す…!!
のび太「あれは…『誘導ミサイル』だッ!!」
スネ夫「うわぁもう勝てっこないよぉぉぉ!ママーーーーッ!」
のび太はスネ夫を担ぎ込むと
全速力で逃げ出した…!
スネ夫「どうするんだよぉぉのび太!!」
のび太「『誘導ミサイル』の特性は確か……!!」
高級住宅街に逃げ込んだのび太達は
敷地内に停めてあったリムジンの屋根に飛び乗り
『通り抜けフープ』で車内へ飛び込んだ!
スネ夫「フーっ…フーっ…!!」
のび太「『誘導ミサイル』は障害物を突き破ってこない…!この鉄の密室ならひとまず安全だ…!」
誘導ミサイルはのび太達のなだれ込んだ
リムジンの前でピッタリと静止した
女が再び繰り出したであろう無数の水ナイフが
リムジンを直撃する!!
スネ夫「!!このリムジン、『防弾仕様』か……ひとまず助かった……」
のび太〈助かったけど……この猛攻をどうやって避わす…!?〉
戦えないスネ夫を安全な所まで逃がし、尚且つ猛攻をかい潜り中尉に近づく……
のび太はこれまでにない選択を迫られていた…!
相手がエースキャップを持っている以上、投げ物はどこまでも追ってくる
スネ夫を逃がす為、距離をとってしまえば相手を見失い
こちらにはまず勝ち目が無くなる
近くにいる今だけが唯一のチャンスであった…!
のび太〈今、中尉に近づけば勝てるかもしれない…だけどスネ夫をどうやって守ればいい………!?〉
のび太〈『サンタイン』でスネ夫を『液体化』させておいたとしても……誘導ミサイルで『吹き散らかされる』様な事があればスネ夫は……〉
のび太「…スネ夫、まだ車から出ちゃあ駄目だ……!!」
スネ夫「あ、ああ…わかってるさ……!」
スネ夫は車内の席を左右に移動する
のび太「スネ夫…?一体何をしてるんだ……?」
スネ夫「なぁのび太……この外にあるミサイル…空中で止まったまま動かないけど…」
のび太「そりゃあそうさ……『誘導ミサイル』は障害物を全て回避してターゲットに直接着弾するように出来てる……」
スネ夫「じゃあ、このミサイル……どっちが『ターゲット』だと思う……?」
のび太「……?」
スネ夫「僕は出た後の話をしているんだぜ…!」
のび太「……!?」
スネ夫「防弾仕様といっても…何回も同じ箇所にナイフをブチ込まれたらこのリムジンもおしまいだ…」
のび太達が話している間も水ナイフは次々と繰り出されている…
丁度、そのひとつが車の天井に突き刺り、車内にまで深く食い込んだ…!!
のび太「!!……確かに……車がつき破られるのも時間の問題だ…」
スネ夫「この状況を突破するには…『中尉』を直接叩く以外に方法は無いと僕は思う……!」
のび太「!」
スネ夫「僕らが二手に分かれれば…!その分のび太の負担が減ってあの女の所まで距離を詰める事もできる!」
のび太「スネ夫、君は……!」
スネ夫「僕がなるべく時間を稼ぐ…!だけどこのミサイルがもし道具を持ってない僕に矛先が向いているとしたら…!」
外に出た瞬間スネ夫は瞬殺され
のび太は二人分の猛攻を掻い潜って中尉に近づかなければならない事になる…
スネ夫「僕が人質にならなけりゃ君にこんな苦労をさせる事もなかった……僕は何て非力なんだ………」
のび太「いや…僕は大変な誤解をしていたよ…!」
スネ夫「のび太…?」
のび太「君が『戦う意思』を示してくれたおかげで…!僕の迷いは晴れた!」
天井に食い込んだいくつかの水ナイフの効力が切れ始める…
上から徐々に滴り落ちる水…
次にこの隙間を狙われたらひとたまりも無い状況であった
のび太「勝機なら…ある!……というより…君のおかげで今思い浮かんだ!」
スネ夫「本当か!?」
のび太「君も一緒に戦ってくれるかい……?」
スネ夫「勿論協力させてもらうけど……この状況でどうすりゃいいんだ…?」
のび太「……この水が良い……!」
スネ夫「?」
のび太「この隙間から滴る水がいいんだ!いいかい…」
水ナイフによりとうとう車は突き破られ
誘導ミサイルが再び作動する…!
しかし、車内は既にのび太達の脱出した後であった…!
―――――――――……
女「……反応が無いから仕留めたと思ったけど……ナイフの軌道が変わった……!」
大尉「……」
女「また逃げたのか……それとも…!!」
男「おい女!いい加減にしろ!!」
女「何だい…!口出しなら受け付けないよ…!」
男「大尉も何か言ったらどうなんだ!」
大尉「俺には何も言える資格はねぇ……けどよ、俺達の思いはこんなもんじゃねぇ筈だ……」
男「…!」
女「……あいつは牢を出るときに、ちゃんと協力を承諾してくれたんだろ?」
男「あ、ああ……大体話したけど……」
女「あいつは私達の心境を知りながら、それを蹴ったんだ……他に目的があるなら…相応の思いを示してもらわないと……!」
女「あたし達が……バカみたいじゃないかッ!!」
?「まったくだ!!お前達は…大馬鹿野郎だよ!!」
三人「!?」
三人が後ろを振り返ると
そこにはのび太にもスネ夫にも似た奇妙な男が佇んでいた…!
大尉「何だこいつは!?」
女「背後に回られた…何時の間に!?」
振り返りざまに女が放った水ナイフや誘導ミサイルを
奇妙な男は全て空気ピストルで弾いて見せた…!
男「は……速い…!!」
女「……何者だお前は!!」
?「僕は………『のび夫』ッ!!」
のび夫〈攻めるのも逃げるのも駄目なら……両方やればいい……!!〉
車から脱出する前…
のび太とスネ夫は『ウルトラミキサー』で合体し
天井から滴る水で濡らした『三倍時計ペタンコ』を体に貼る事によって
自身の速度を3倍に上げたのである
この『三倍時計ペタンコ』……ドラえもんと対峙するまで取っておきたい道具であったが
スネ夫の覚悟と誠意に答える為、のび太はあえてこの道具を使った
のび夫「今の僕なら『7秒』でこの場全員を仕留める事が出来る…!!」
大尉「………!!」
女「くそっ……こんな筈じゃ…!」
のび夫「もう……諦めるんだ…!」
にじり寄るのび夫の前に
男が立ちふさがる…!
大尉・女「男……!!」
のび夫「何で庇うんだ!こいつらは目的の為なら手段を選ばない…残酷な奴だ!!」
男「二人も俺も……始めから残酷だったわけじゃない……!」
のび夫「だけど……!」
男「後ろの二人は……妹の無念を晴らす為に……必死だったんだ……!」
のび夫「……!!」
――――四人は同じ児童養護施設で出会った
無責任な、あるいは哀れな両親により
壮絶な幼少期を過ごして来た彼等の心は脆く荒んでいた……
互いの心の隙間を埋めあうかの様に寄り添う四人…
辛い時や苦しい時も兄弟の様に分かち合い共に過ごして来た
苦い経験……いつしかそれは思い出へと変わり
四人は遅れながらも人並みの至福を取り戻していた…
しかし、その幸せはいとも簡単に踏みにじられてしまう……
女の妹が殺されたのだ……
男「俺達は許せなかった……!だから、復讐する事を決めた…!」
男「その過程でおかしな組織にまで関わってしまったけど……今日、やっと復讐の機会が巡ってきた…!!」
のび夫「……!」
男「勝手な話かもしれないが……見ず知らずのあんたが最後の希望だったんだ………」
男「今回ばかりは俺達も……心を鬼にするしか無かった……!」
『そして……貴様ら子羊は愚かにもこの私に対し悪巧みを企てたわけだ…』
突如、空に暗雲が立ち込め
不気味な声が響き渡る…!
のび夫「何だ……空が…曇っていく……!」
男「こ…この声は……!!」
大尉「見つかっちまったか…!!」
女「こいつだ…!!あたし達の大切な者を奪った……『少佐』ッ!!」
『命令外の行動、不審に思い様子を伺っていたが……まさか私の本性を知る者が三人もいるとはな………』
直後、のび夫達四人の周囲を落雷が襲う!!
『貴様らをここで始末せねばなるまい……!』
のび夫〈こ、この道具は……ッ!?〉
男「協力して貰いたかった理由がこれさ……奴がこの組織に入ったことで俺達は迂闊に手を出す事が出来なくなった……!!」
大尉「奴はどこにいようがこちらの様子を見ることも、話しかける事も、攻撃する事も出来る……!!心当たりは…?」
落雷は止む事無く降り注ぎ
四人を取り囲むように接近する……!!
のび夫〈該当する道具なんて…ひとつしかないじゃないか…!〉
※神さまセット
神さまプール…直径1メートルほどの平べったいプールから好きな景色を覗く事が出来る
神さまマイク…プールに映っている人に語りかける事が出来る
神さまステッキ…プールに映っている場所へ雷や雨を撃ち出したり出来る
『10秒やろう……!言い残すことは無いかな?ん?』
女「あたし達を舐めてやがる…!!」
のび夫は対策を考えながら顔を俯かせる…
不意に、見覚えのある道具が視界に入りこんできた
のび夫〈この道具は『温泉ロープ』!?何でこんな物がここに…?〉
※温泉ロープ
ロープの輪の中が温泉になっている、いわば携帯できる露天風呂
男「水ナイフを奴に投げられないのか…!?」
女「あいつは『ナイヘヤドア』を使って壁の中の部屋に住んでいるんだ…!ここでナイフを投げても壁に突き刺さるだけだよ…!」
のび夫〈水ナイフ……そうか!中尉はこの『温泉ロープ』の温泉水を加工して水のナイフを作っていたのか!!〉
『5……4……3……』
のび夫は三人を『温泉ロープ』の中に突き落とした
男「ぷはっ……!何をするんだ!!」
のび夫「君達は僕の事を信じてくれた……だから僕もそれに答えようと思う…!」
三人「……!」
のび夫「『五分』…いまから五分間だ。五分経つまでこの『温泉』から出ないでくれ……!」
大尉「バカ野郎!それじゃあ俺達は無防備…!!」」
大尉の言葉を男が遮る
男「信じよう……この男の言う事を……!」
三人が温泉ロープに入った事を確認すると
のび夫はそのロープを抱え込んだ…!
『……何をしている?』
のび夫「お前の攻撃を『耐える』!!」
『耐える?この落雷を?……フハ……フハハハハハ!!』
少佐はのび夫を嘲り笑う
『言っておくが貴様を襲うのはこの杖の雷だけではない…上空の入道雲に刺激を加えた…本物の雷も落とす!』
『バーチャルと現実は違うのだ、実際の雷に耐えれる者などいない!!』
四方から落とされた雷が
のび太を直撃する!
―――――――――…
『な…何故だ!常人なら立ち上がることもままならない筈だ……』
のび夫「……こんなものじゃあ無い……!」
『……!?』
のび夫「こんなものじゃ無いぞ……三人の怒りは…!」
『き、貴様は……あいつらの何だと言うのだ……!?何故私に歯向かう…!?』
のび夫「お前のような奴を倒すために……僕はここにいるんだ……!!」
『奴等のよしみの者かと思っていたが………まさか、貴様がボスを脅かすというあの……!?』
のび夫「今頃気付いたのか……そう、僕にも『蓄電スーツ』という電撃を無効化させる道具があるのさ!」
のび夫「『五分』経過した。お前を裁きに向かう……!」
のび夫は温泉ロープを再び床に敷いた…!
中から赤色の肌に変色した三人が飛び出す…!
※ジークフリート
この入浴剤の入った湯に5分浸かると30分間不死身になる
『ば……化け物共が……』
少佐が間を置かずにただひたすら落雷を落とすも
四人はビクともしない……
女「あたし達を化け物と呼ぶのなら……そうさせるように追い立てたアンタ自身を恨みな…!!」
大尉が『ウルトラリング』を差し出す…!
それを受け取った女は三人を持ち上げた…!
『何故だ……何故、雷が効かないッ!?』
のび夫「奴はこちらの様子を伺っている……という事は『神さまプール』は今、上空にある……!」
女「今そっちに向かってやるよ!!覚悟しなぁッ!!」
女が上空へ三人を放り投げた…!
ー壁の中の家ー
少佐「ば……馬鹿な!!どうやってここまで来た!!」
のび夫は取り寄せバッグで中尉を取り寄せながら
少佐に向かい言い放つ…
のび夫「知らなかった様だね…『神様プール』は使用者まで直通しているんだ。『エースキャップ』で上空に投げてもらえば逆に使用者まで辿る事もできる…!」
少佐「……!!」
男「今日という日を……どれ程待ちわびた事か……!!」バキッベキッ!
神様ステッキをへし折り
三人が少佐に詰め寄る……
女「さて…こいつをどう料理するよ…!」
大尉「当然、死ぬより苦しい思いをさせなきゃあな……!」
少佐「ひぃぃ……――――――――――――――
―――――――――…
のび太「本当に……良いのかい?」
男「ああ、これでも思う存分制裁を加えたつもりさ……」
大尉「こいつは指名手配中の『連続殺人犯』だ。俺達以外にも沢山の被害者遺族が今も苦しんでいる。」
女「だから……こいつは司法に任せることにするよ。あたし達が我を貫いて手を下せばこいつと同じになってしまうからね…」
男「あんたは復讐心に取り憑かれた俺達の暗雲を拭ってくれた……本当に感謝してる……!」
のび太「そんな……でも良かった。初めて会ったときより、三人とも大分晴れやかになった気がするよ」
女「さて……私たちの道具を返さなきゃね……」
のび太「うーん……ジークフリードも使ってしまったし、僕はいいや。処分するなり使うなり好きにしてくれよ………どうしたんだスネ夫?」
神様プールで街の景色を覗いていたスネ夫の顔が青ざめていく……
スネ夫「大変だ……のび太……あれ………」
スネ夫が水面を指差す
そこに映っていたのは次々と動物を体に取り込んでいく一人の男の姿…
のび太「こ…こいつは……『大佐』ッ!?」
大尉「行くのか……」
のび太「うん……僕の戦いはまだ終わってはいないからね…!」
男「俺達も協力しようか?」
のび太「いや……今回ばかりは誰も手を出さないでもらいたい……!」
男「何か因縁があるみたいだけど……あんたならきっと上手くいくさ…!」
女「絶対負けるんじゃないよ…!!」
スネ夫「のび太……僕は待つことしかできないけど……死ぬなよ…!」
のび太は四人に手を振り見送られるまま
大佐と決着をつける為、水面へと飛び込んだ…!
ー動物園ー
目的地にたどり着いたのび太…
あたりを見回すと周囲にパトカーの残骸らしきものが四散している
先行していた警官隊の壊滅……
今から戦う相手がどれほどの猛威を振るうのか
想像を苦にしない光景である
大佐「久しぶりだな……!」
のび太は声のする方へ目をやると
そこにはこの世の生物とは思えない程に豹変した男がそびえ立っていた
人間の胴をも鷲掴み出来るほどに大きな手には鋭利な爪が生えそろっており
鉄すらも噛み砕きそうな牙とアゴ
そしてその背には大きな翼が湛えていた…!
大佐「見たかね……これが進化の到達点だ……!」
のび太「学校で殆どの道具は壊したと思ってたけど……まだそんな道具を隠し持っていたとは……!」
大佐「他の生物を自身に取り込む『合体のり』も使い方次第でここまで昇華させる事が出来るのだ!」
のび太「何が昇華だ!そういうのは悪用って言うんだよ!」
大佐「君にはこの素晴らしさが理解できないらしい。残念だよ。」
のび太「大佐!今度こそお前を倒す!!」
のび太は『がん錠』を何粒か口に放り込み
渾身の力を込めて大佐に殴りかかった!
のび太「ぐッ……!!」ブシュウウウ…
のび太の拳が大佐の肉体へと沈み込む…
しかし大佐にダメージは無く、放ったその拳の方がズタズタに削られてしまった…!
のび太「―――…この皮膚は甲羅っ!?それに……無数の硬いトゲが鱗の様に張り巡らされている……!!」
大佐「………進化とは『克服』の系譜ッ!」
大佐「ある者は鎧で身を包み、ある者は自然にその身を委ね、ある者は空へ駆け上がり……!」
大佐「生物達はありとあらゆる障害や環境を克服することで激化した生存競争から生き残ってきた……!」
大佐「こうして長きに渡り積み重ね上げてきた『闘いの遺伝子』達が人の叡智によって交わり、今、一個の生命体と成した!」
大佐「それが………私だ!」
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
のび太「くっ……クレイジーな奴だ……ッ!!完全にイッちまってる…!!」
大佐「非力な人間は『道具』を駆使する事で、辛うじて野生動物と対等の存在になる事が許される……!」
大佐「君も人間の端くれなら……進化のその先を見せてみるのだな!!」
のび太が後ろに駆け、距離を取ろうとするも
大佐に回り込まれてしまう…!
大佐「チーターの時速は100km以上……四足を持ってすれば君など捉えられぬ速度では無い……!!」
のび太〈間合いが……取れない……!!〉
大佐「園内に身を潜めてからの不意打ち……人間である君が至る考えは至極読みやすい」
大佐「しかし今の私は『視力』も、『嗅覚』も、『聴力』さえも常人のそれとは比べ物にならないほどに飛躍しているのだよ!」
のび太「……!!」
大佐「リスがくるみを割る程度の知恵で……この私を仕留められると思うなよッ!!」
大佐が急速に間合いを詰め
のび太に襲いかかる!!
大佐「知っているかね!檻に入れることで観察出来る様になったゴリラ……その野性の力を解放してやると……!」
のび太「何を…ッ!?」
大佐はのび太の腕を掴み上げると
雑巾の如く両手で捻りあげた!
のび太「うわぁぁああああ!」ベキッ!ボキッ!バキッ!
大佐「握力、実に500kgに及ぶ……その力を持ってすればご覧の通りだ。実に脆い生き物……!」
大佐「思い上がった人間は自分達の牙を磨くことさえ忘れてしまったのだ……その報いを受けるがいい……!」
のび太〈そんな……『がん錠』で鉄並の硬度を得ている肉体でさえも……!!奴には関係無いというのかッ!?〉
のび太「な……ならば……!!」
のび太はもう一方の手で取り寄せバッグからフラスコ瓶を取り出し
大佐の頭にその中身をぶち撒けた…!
大佐「ぐッ…!……これは……『酸』!?」
のび太「ただの酸じゃあ無い……硫酸の比じゃない腐食性を備えた『超酸』の一種だ……ッ!」
のび太「人間の戦争は『科学力』……ハイテクノロジーが戦力を決める……ッ!!」
のび太「獣の理論には無い……人間の力を教えてやるッ!!」
大佐「君はひとつ重大な事を忘れているようだ……」
のび太「!?」
大佐「究極の生命体である以前に……私は一人の人間だ……!」
酸によって溶けた皮膚が剥がれ落ちていく…!!
しかし、剥き出しとなった大佐の顔は全くの無傷であった
大佐「外殻は言わば膜…いかに強い酸と言えど、何層にも覆った鎧を全て溶かし貫くには多少の時間がかかるものだ…」
大佐「外殻が全て溶解する間に『脱皮』を済ませれば……酸が私の肉体に到達する事は無い……!」
のび太「そ…そこまで自分の体を操る事が出来るなんて……ッ!」
大佐「野生動物に人間の知恵が加われば、君の言う『科学力』も最早無に等しい!!」
大佐の大きな口が
のび太の首筋を捉える!
のび太〈まずいッ!!ワニにも似たこの口ッッ!!噛む力は恐らく先程の握力の比じゃない…ッ!!〉
これを喰らえば一撃…!!
避けようにも片方の腕を掴まれて動けない状況…
のび太はここにきて常軌を逸した選択を迫られた……!!
――――――ブチン!!
のび太「動けないなら……『チャンバラ刀』で掴まれた僕の片腕を斬り離すまでだ……ッ!!」
大佐「フハハ……そうこなくては。君も『野性の闘い』がどういう物かわかりかけてきた様だな」
のび太「狩るか狩られるか……なら当然僕は『狩る方』を選ぶよ……!!」
大佐「それを決めるのは君ではない……野性の闘いとは即ち、弱肉強食の世界ッ!!実力が物を言うのだッ!!」
のび太〈狩る……とは言ったものの……どうするッ!?奴の『弱点』がまるで見当たらない…!!〉
のび太〈油を付けて火を放とうが奴の身体機能はそれを超越するだろう…ッ!それ程までに満ち溢れた奴の自信…!!〉
取り寄せバッグから『近代兵器』でも取り寄せて
この目の前の生物を粉々にしてやりたいと思うのび太であったが…
中学生である彼には銃や爆弾の種類も、まして取り扱いすら知る由も無い
仮に拳銃を取り出し安全装置を探そうものなら、その間に相手の牙が自身を貫いているであろう
それ程に、大佐のその眼は全てを屈服させる迫力をはらんでいた…!
のび太〈この状況、ヘビに睨まれたカエル、いや…生きたまま丸呑みされているかの様だ……!!〉
大佐「攻めあぐねている様子だな。ひとつ、私がヒントをやろう」
大佐「ライオンにしろ……チーターにしろ……動物が標的を仕留める時、まず何をすると思う……?」
のび太「……?」
大佐「ある者は毒を用いて、ある者は呼吸器を狙い……」
大佐「そして私の場合、こうやって――――――――――――…」
キィィ――――z_______ン!!
のび太「――――――――――――!?」ビリビリビリビリ……!
のび太〈何だ……!?景色が歪んで……!?〉
のび太〈……僕は………その場に倒れているのか――――――ッ!?〉
大佐「――――――――――…相手の身動きを……封じる……ッ!」
大佐「良い眺めだろう?といっても今の君には聴こえていないだろうが……」
大佐「狼の喉笛と蝙蝠の超音波の原理を併用した『特殊な声帯』に大量の空気を通過させた……!」
大佐「これによって発せられた『音』は鼓膜を破り……三半規管にダメージを負った君は平衡感覚を失った…!!」
のび太〈耳が聴こえない――――――ッ!?それに黄金バットで殴られた時のような眩暈が…ッ!!〉
倒れているのび太の前に
大佐が詰め寄る…!!
大佐「正直残念だよ。君を倒してしまえばこの先、能力を思う存分に披露できる好敵手は恐らく現れまい……」
大佐「競争無き生物は己をも滅ぼす……しかしそれ以前にこの力は君を葬る為に与えられたものだ……目的が成就されるなら、私は滅びようとも構わん……!」
大佐の開いた大きな口が
のび太の胴に喰らいついた!!
大佐〈―――――内臓の一部は貫いた……しかし絶命してはいない様だ……〉
鋭い牙がのび太の体に食い込む……
しかしその一撃は肝心の急所を逸らす形となった
大佐〈この一瞬で上体を逸らし急所への一撃を避けたのか……!?〉
大佐はのび太の頭部に視線をやると
そこには、古いテレビに取り付けるアンテナの様な物体が刺さっていた…!
大佐「……これは……『道具』!?」
のび太〈『あらかじめアンテナ』……これを刺せばあらかじめ起こる出来事を予測して僕の体を自動で動かしてくれる……!〉
大佐「……道具を使おうとも肝心の体は身動きも取れず……致命傷には変わりあるまい!このまま噛み砕かせてもらおう!!」
大佐は顎に力を入れ
のび太の体を二つに噛み千切った!!
しかし…!!
大佐「……奴の体ッ!!一体何が起こった!?」
噛み切られたのび太の体はその場に崩れると
ドロドロに溶け出した…!
のび太〈『あらかじめアンテナ』が体を操ってくれたおかげで……片腕だけは自由に動かす事が出来た………!〉
のび太はあらかじめアンテナに操られた事により
取り寄せバッグからサンタインを取り出し、服用していたのである
大佐「……奴の体がッ!!『液体化』している!!この期に及んで何をする気だッ!?」
サンタインにより液体となったのび太は
ズルズルとその身を這わし
排水溝の金網へと落ちてゆく…!
大佐「逃げるか…!?……だが、この声帯が発する『超音波』のソナーを持ってすればどこへ逃げようと同じだ……!」
金網を通る事でのび太の頭から外れてしまった『あらかじめアンテナ』を踏み潰すと
大佐は狼の遠吠えにも似た、けたたましい雄叫びを上げた……!!
ー下水道ー
のび太「……ッ!!」
のび太〈タイム風呂敷で傷を塞ぎ一命は取り留めたものの……この倦怠感ッ!熱ッ!吐き気ッッ!〉
のび太〈僕は未知の生物に噛まれた事で『毒』もしくは何らかの『ウイルス』に犯されている可能性が高い……!!〉
のび太〈そしてこの不衛生な環境……感染症の疑いもあるな………!!〉
のび太「『お医者さんカバン』で血清を作り……『ウルトラスーパーオールマイティワクチン』で体内のウイルスを破壊するッ!!」
――――――――――――――――――……
のび太「ひとまず助かった……!しかし地上に戻った所でどうすればいいんだ……!?」
のび太「僕が奴に引けをとらない点は『スーパー手袋』の怪力……とすれば『車』を持ち上げて奴を叩き潰す以外に方法は無い……!!」
『――――――無駄な抵抗はせず!さっさと上がって来るがいい!!』
下水道に大佐の声が響き渡る…!!
のび太「さっき僕の耳がやられた攻撃は恐らく『音』によるものだ……」
のび太「『音』を操るなら……奴はコウモリのように跳ね返った『超音波』を聞き分け、こちらを探知できるはず……」
のび太「金網やマンホールから馬鹿正直に飛び出すのは駄目だ………『通り抜けフープ』で地上へ出る…!!」
『――――――早く出て来たまえよ!!君が生き延びているのはわかっているのだ!!』
のび太「……さっきから馬鹿みたいにデカイ声で喚きやがるね全く…!今すぐ出てくればいいんだろう!?」
ー動物園ー
『通り抜けフープ』を使い下水から地上へと飛び出したのび太
しかし、そこに大佐の姿は無かった…!
のび太〈しめたッ!!奴に見つかっていない!!今のうちにパトカーを持ち上げて……!〉
その時である……!
進行方向に突如、隕石の如き物体が飛来し
のび太の胸をかすめた…!
のび太「――――――ッ!?」
大佐「……ちっ、あと少し前に出ていれば楽になれたものを……!」
のび太「今のは大佐……!?大佐が『滑空』したのか……!?速すぎるッ!!」
のび太が空を見上げるとそこには
大きな翼を広げた大佐が旋回し、こちら側を見下ろしていた…
大佐「ツバメはその種類によっては時速170kmを超えるものも存在する…!」
のび太「……!」
大佐「更に……ハヤブサの急降下時のスピードは角度、高度によって時速300kmに達するッ!」
大佐「当然、それらを取り込んだ私にもその可動速度に達する事が可能だ!この意味がわかるな!?」
時速300km……!
それ程まで高速に動き回る相手に対し
果たして重い車を叩きつける事は出来るのだろうか……?
のび太「……非現実的すぎる……しかし、これしか手段は……!!」
二度目の滑空
大佐の持つ鋭利な爪は
がん錠によって鉄の硬度と化したのび太の肉体をも貫き
その脇腹を深く抉る…!!
大佐「深いな……今のは致命傷だろう!君はもう動き回る事は出来ない……!!次で最後だッ!!!」
大佐が再び上空へ舞い上がり
その身を旋回させる…!
のび太〈タイム風呂敷で傷を治している間に……!!次の急降下攻撃をモロに受けてしまう!!〉
のび太〈このままカウンタ