1:
男「ただいま」

嫁「お帰りなさい」

嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」

男「いや……状態異常はいいかな」

嫁「あら、残念」

男「風呂入ってから食事にするよ」

嫁「お風呂、たっぷり毒を染み込ませてあるからね」

男「え゛」

嫁「冗談よ」



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2:
ドラクエかな?

3:
男「お、うまそう」

男「いただきまーす!」

プーン…

男「……と、食べようとしたとたんに虫が……しっしっ」バッバッ

嫁「どこから入ったのかしら」

嫁「“毒”」ボアァァァ…

虫に向かって手をかざす。

ポトッ

男「相変わらず見事だな」

4:
ちょうはつしろ

5:
男「腹ごなしに体操、体操」グッグッ

男「室内ウォーキング!」スタスタ

嫁「外を歩けばいいのに」

男「外はもう寒いから」スタスタ

ガッ!

男「うがあああっ……!(タンスの角に足の小指が……!)」

嫁「“麻痺”」ボアァァァ…

男「痛みが……消えた……」

嫁「痛みが治まる頃まで、そのままにしときましょ」

男「あ、ありがとう……」

6:
男(しかし、今日はひどい一日だった……。思い出すだけで……)ハァ…

嫁「ため息ついちゃって、どうしたの?」

男「仕事で色々あってさ……しばらく引きずりそうだよ」

嫁「“混乱”」ボアァァァ…

男「パッパラパー! パッパラパー! ラッパのマークの正露丸! 下痢腹治していい気分!」

嫁「戻す」パチンッ

男「あ……ちょっとスッキリした」

嫁「でしょ」

7:
嫁「眠れそう?」

男「いや、目をつぶると色々考えちゃうな」

嫁「じゃあ今日は……“眠り”」ボアァァァ…

男「すや……すや……」

嫁「最高に質のいい睡眠で、明日の朝までバッチリ快眠よ」

男(まったく……よく、できた……嫁だ……)グゥ…



………………

…………

……

8:
男(彼女の職業は“状態異常士”。四種の状態異常を操ることができる)

男(んな職業あるかと思われるかもしれないが、あるのだから仕方ない)

男(状態異常士になるには、山奥で修験者みたいな厳しい修行をしなくてはならず、優れた素質も不可欠)

男(日本でも状態異常士はごくわずかしかいない)

男(俺も彼女とは山奥で知り合った。本当に俺にはもったいないよくできた嫁である)



男(しかし、夫である俺も一つだけ“状態異常”を使うことができる)

男(それは――)

9:
便利だな状態異常

10:
<ライブ会場>

男「ドローンギャグやります!」

男「へぇ~、今は車みたいに走ることもできる“カー・ドローン”っていうのがあるのか!」

男「どうやって操縦するの? えーっと、まずATMにカードを入れて……お金を借りる」

男「ってこれは“カードローン”じゃないか!」



シーン…



男(“沈黙”という状態異常を)

11:
催淫じゃねえのかよ!

12:
<楽屋>

楽屋に戻ると、二人の先輩芸人が出迎える。

芸人「お疲れ」

男「……お疲れ様です」

金髪「ったくお前は相変わらずだな! お前がネタやると、どんな騒がしい客も無言になっちまう!」

金髪「あそこまでいくと、もはや“スベリ芸”通り越して“黙らせ芸”だぜ!」

金髪「ある意味才能だな! お前がいりゃハロウィンの渋谷も平和だろうよ! アッハッハッハ!」

男「アハハ……」

13:
芸人「しかし、たしかにあそこまで観客を静まらせるってのは、そう簡単にできることじゃない」

芸人「これ、イヤミじゃなくて本当にな」

男「はい」

芸人「お前にはきっと才能がある。あるはずなんだ」

金髪「ものはいいようって感じだなぁ、それ」

芸人「だから……もっと自分を磨け。そうすれば、必ずいつか売れる!」

男「……頑張ります!」

14:
<病院>

怪我人「痛い、痛いよぉぉぉぉぉ!」

看護婦「大丈夫ですから、落ち着いて」

怪我人「痛いよぉぉぉぉぉぉ!」

嫁「私に任せて下さい」

看護婦「あ、今日はあなたがいて下さったんですね。よかった!」

嫁「“麻痺”」ボアァァァ…

怪我人「ああ、痛みが……消えて……」

嫁「さ、運んで下さい」

看護婦「はいっ!」

ガラガラガラ…

状態異常士は、このような医療行為を行うことも認められている。

15:
落ちは嫁とエッチで失神させて「やっぱり沈黙の才能は凄いな」だろ?

16:
若手医師「すいません!」

嫁「なんでしょう?」

若手医師「服毒自殺をはかった患者さんが運ばれて来たんですが、どういう毒か判断がつかなくて……」

嫁「分かりました。私が診ます」

嫁「毒の種類によっては、私の術で解毒も可能ですから」

若手医師「助かります!」

バタバタ… ドタバタ…

17:
ある日――

<病院>

老婆「あたしが若い頃はねえ……」

男「へぇ~、そうなのかい」

ペチャクチャ… ペチャクチャ…



院長「お、今日は旦那さんもいらしているのか」

嫁「はい。オフの日はああやって手伝ってくれて」

院長「彼は不思議な雰囲気を持っているねえ。気難しい患者ともすぐ打ち解けてしまう」

嫁「お笑い芸人なので、人と話すのは得意なんです」

18:
男「じゃあ、ここでとっておきの一発ギャグを!」

老婆「おや、なんだい?」

男「平成が終わったら、世の中平静じゃなくなっちゃった!」

老婆「…………」シーン



院長「ただ……肝心のお笑いのセンスは……なんというか、うん」

嫁「彼も努力してるんですけど」

19:
ドガァンッ!

院長「! な、なんだ……!?」

嫁「すごい音がしましたね」

男「……どうしたの!?」タタタッ

看護婦「大変です!」

看護婦「怪我で入院してたプロレスラーの患者さんが、お薬の作用か錯乱を起こして……」

看護婦「男性の医者で止めにかかっても、止められなくて……」

院長「な、なんだと!?」

嫁「私が行きます」

男「俺も!」

20:
レスラー「うおおおおおおおおっ!」

レスラー「俺は負けてねえっ! タップしてねえぞぉぉぉぉっ!」

ドガァン! ドガシャァン!

大暴れするプロレスラー。

院長「ひええええ……」

嫁「試合してるつもりになってますね。私が状態異常で止めてみせます」

院長「大丈夫かね!?」

レスラー「そこにいたか! レフェリー! てめえ、投げ飛ばしてやる!」ドドドドドッ

嫁「“眠り”」ボアァァァ…

レスラー「おっとぉ、毒霧でもしようってかぁ!?」サッ

嫁(しまった……避けられちゃった)

21:
レスラー「覚悟しやがれぇ!」グオオッ

嫁「あっ……」

男「ちょっと待ったァ!」バッ

レスラー「なんだてめえ!」

男「そんなに暴れると……服が破れてアパレル業界が儲かっちゃうぞ!」

レスラー「…………」シーン

嫁(今だわ)

嫁「“眠り”」ボアァァァ…

レスラー「う……むにゃ……眠く、なってきた……」ゴロン…

22:
嫁「助かったわ、ありがとうあなた」

男「いやぁ……」

院長「人当たりのよさ! 暴れる患者に恐れず立ち向かう度胸! 聞く者を静かにさせるギャグ!」

院長「どれも実に素晴らしい!」

男「どうも……」

院長「ぜひ、この病院で正式に働いてみないかね? 君なら大歓迎だよ」

男「ありがたい話ですけど、俺は……」

院長「ぜひ!」

嫁「主人はお笑い芸人ですから」キッパリ

院長「そ、そうか……残念だ」

23:
沈黙すげーな

24:
<家>

男「ケホッ、ケホッ……」

嫁「大丈夫?」

男「風邪ひいちゃったみたいだ……」

嫁「もしかしたら、病院でうつっちゃったのかもしれないね」

男「参ったな、明日はせっかく先輩たちのライブに参加させてもらえるのに」

嫁「だったら……あれしかないか」

25:
嫁「“毒”」ボアァァァ…

男「うぐっ!」

男「ぐううっ……! うぐうっ……!」

嫁「微量の毒をあえて浴びせることで、体の抵抗力増加を促し、病気の治りを早くする……」

嫁「少しでも毒素の量を間違えると逆効果だから、あまりやりたくないんだけど」

男「だけど君なら大丈夫……そうだろう?」

嫁「あなたの体のことは知り尽くしてるからね」

26:
……

男「よーし、治った!」シャキーン

男「今日のライブ、はりきって行ってくるよ! 今日こそお客を笑わせてみせる!」

嫁「頑張って」

嫁「ああ、それと……多分あなた、だいぶ毒に対する耐性ついてると思う」

男「え、そうなの?」

嫁「うん、私の“毒”を何度も浴びてるから」

男「ってことは、君に保険金目的で毒を盛られてもある程度なら耐えられるってことか!」

嫁「…………」シーン

男「ごめん、渾身のギャグのつもりだった」

27:
<ライブ会場>

男「近頃風邪が流行っているので、風邪ギャグやります!」

男「とっておきの情報です。風邪はうつすと治るんです!」

男「ってこれは風邪じゃなくてガセだったぁぁぁぁぁ!!!」



シーン…



男(せっかく風邪を治してもらったのに……ダメだった)

29:
芸人「皆さん、そろそろあるあるネタに飽きてきた頃だと思うので」

芸人「今日はひたすら“ないないネタ”に挑戦してみたいと思います!」

芸人「まずは――」

アハハハハハ… ワハハハハハ…



金髪「こないだ女子高生の集団が、“ねえねえあの人そっくりじゃない?”っていうから」

金髪「ああ、そっくりなんじゃなく本人なんだよって言おうとしたんです」

金髪「そしたら“近所の田中さんにそっくり”って、いや誰だよ!」

アハハハハ… ハハハハ…



男(すごいな、二人とも)

男(さすが、ピン芸人としては、俺らの世代で一、二位を争う二人だ)

男(俺とは全然ちがう……)

30:
<楽屋>

男「お疲れ様でした」

金髪「いやぁ~、お前が客を凍らせてくれてたから、やりがいがあったぜ」

男「どうも……」

金髪「今やお前の“黙らせ芸”を見たいなんて変わり者もいるらしいし、いっそギャグの寒さを極めたらどうだ?」

男「ハ、ハハハ……」

芸人「…………」

男「芸人さん……」

31:
芸人「俺はお前にはセンスがあると思ってる。だが――」

男「!」

芸人「センスは必ずしも開花するとは限らない、とも思う」

芸人「お前は結婚してるし、奥さんには何度か会ったが、たしか特殊な仕事してたよな」

男「はい……(状態異常士……)」

芸人「きっと大変だろうし、いつまでも奥さんの稼ぎを当てにしてちゃダメだと思う」

芸人「お前は人当たりがいいし、普通のトーク自体は決して悪くない」

芸人「こないだローカルの旅番組に出てたけど、なかなか評判よかったじゃないか」

芸人「だからお笑いじゃなく、もっと他の方向性に進んだ方がいいんじゃないか?」

芸人「今ならまだ十分、軌道修正がきく時期だしな」

男「はい……」

32:
<家>

嫁「ライブはどうだった?」

男「相変わらずだったよ。会場をシーンとさせちゃった」

嫁「そう……」

男「それで俺、芸人さんにいわれたんだけど、お笑いは諦めようかと思うんだ」

嫁「どうして?」

男「やっぱり俺面白くないし、だけどお笑いじゃない方面でなら、まだ可能性あると思うんだ」

嫁「私はあなたのこと、面白いと思うけど」

男「みんなに面白いと思われなきゃ意味ないんだよ!!!」

珍しく怒鳴ってしまう。

男「……あ。ごめん……」

嫁「…………」

33:
嫁「ねえ、あなた」

男「ん?」

嫁「“混乱”してみる?」

男「混乱してスッキリしろってかい? そんなんで気持ちが晴れたら……」

嫁「ううん」

嫁「今日は私も一緒に混乱する」

男「……え?」

嫁「二人でとことん混乱しましょう」

34:
家じゅうをしっかり戸締まりした二人。

嫁「これでよし、と。音も多分漏れないわ」

男「ねえ、本当に大丈夫? 君まで混乱しちゃって……もし戻れなくなったら……」

嫁「さあね。だけど、面白そうじゃない」

男「いつも冷徹な君の、時々見せる大胆さには驚くよ」

嫁「じゃ、行くよ。“混乱”」ボアァァァ…

嫁が、自分と夫を同時に“混乱”させる。

35:
男「うっひゃーっ!!!」

嫁「うふふふふふふふ! あははははははははは! おほほほほほほほほ!」

男「ぺぺろんちーの! かるぼなーら! なぽりたーん! ずぞぞぞぞぞぞっ!」

嫁「ぎょうざ! からあげ! とんかつ! ぱくぱくぱくぱくぱく!」

男「すいへいりーべ、ぼくのふねー! きょうもげんきにしゅっこうだーっ!」

嫁「あひゃひゃひゃひゃ、あたしもついていくー! あいしてるわあなたー!」

…………

……

36:
混乱しやがって…

37:
男「はぁ、はぁ、はぁ……」

嫁「やっと……自然治癒したわね」

嫁「どう……? スッキリした?」

男「ああ、スッキリしたよ。俺なんかに付き合ってくれてありがとう」

嫁「どういたしまして」

男(俺は本当に……いい嫁を持った)

男「おかげで……吹っ切れたよ!」

38:
<テレビ局>

プロデューサー(うーん、なにか面白い企画はないものか……)

男「あのっ!」

プロデューサー「ん、君は……たしかお笑い芸人の……」

プロデューサー(あまりにもつまらなすぎて、客を必ずシーンとさせることで有名な……)

男「実は、ちょっとした企画を思いついたので、聞いて頂けますか?」

プロデューサー(企画? まぁ、聞いてみるのもいいか)

プロデューサー「話してみたまえ」

男「“絶対に喋るのをやめない司会者”VS“絶対に相手を黙らせる芸人”なんて、どうです?」

39:
>>38
三日で飽きられるの来た

40:
……

司会者「君とは、はじめましてやな」

男「ええ、はじめまして」

司会者「君、メチャクチャつまらんのやて? どんな相手でも黙らすとか」

男「そりゃもう、まさに“沈黙”させます」

司会者「ちょっとギャグをやってみてくれるか? しゃべってみいや」

男「分かりました、喋ってみます」サッ

シャベルが写った写真を取り出す。

男「あ、喋るんじゃなく……シャベル見せちゃった」

司会者「…………」シーン

司会者「……ってすごいなお前! この俺が五秒ぐらい黙ってしもたわ! 初めてやわ!」

どっ!

ワハハハハハ… アハハハハハ…

41:
視聴者の悩みを解決するタイプの番組にて――

校長「いつも朝礼中に生徒達が騒がしいんですよ」

男「お任せ下さい」

ザワザワ… ガヤガヤ…

男「みんなー、元気かーい!」

男「それとも現金が欲しいかい? これ100円」サッ

シーン…

校長「おおっ……! あっという間に皆を黙らせた!」

42:
金髪「よっ、黙らせ王! 最近売れてきたじゃねえか」

金髪「まさかあのおしゃべり司会者を五秒も黙らすとはな……テレビの前で爆笑しちまったぜ!」

男「ありがとうございます」

芸人「こういう方向でお前がブレイクするとはな……」

芸人「一皮むけたな」

男「これも……妻のおかげです」

男(あのいつも冷静沈着な妻が体を張ってくれたから、俺もプライドを捨てる覚悟ができたんだ……)

43:
<家>

男「ただいま」

嫁「お帰りなさい」

嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」

男「ええと、まずお風呂で」

嫁「お仕事はどうだった?」

男「今日もみんなを黙らせてきたよ。黙らせ芸にますます磨きがかかってきた」

嫁「そう、よかったわね」

男「ああ、少しずつ仕事も増えてきたし、これからが踏ん張りどきだよ!」

スタスタ…

嫁(私には……分かってる)

嫁(あなたが本当はこういう売れ方をしたくなかったってことは……)

44:
面白い

45:
ある日――

<家>

芸人「よう」

男「芸人さん! どうしたんですか、家に来てくれるなんて!」

芸人「お前にいい話があってな」

男「いい話?」

嫁「上がって下さい」

嫁「お風呂にします? お食事にします? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」

芸人「えぇと……お食事で」

芸人(何度か会ったことあるけど、相変わらず変わった奥さんだ……)

46:
男「えっ、俺が『お笑いバトル』に!?」

芸人「ピン芸人の部に、お前も出場させようって話になってな」

男「だけど、若手のトップクラスが集う大会に、俺なんかが出ていいんですか?」

芸人「もちろん、主催者側としては、お前がどれだけ滑るかを期待してんだと思う」

芸人「ハイレベルな大会に一人だけ場違いなのがいる……ってウケを狙ってるんだ」

芸人「文字通り笑い物になっちまうかもしれないが……チャンスはチャンスだ。どうする?」

男「…………」

男「主催者の思惑はどうあれ、こんなチャンスを逃すつもりはありません」

男「出場させて下さい!」

芸人「よくいった!」

嫁(あなた……)キュンッ

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