新型コロナウイルスが世界的に流行してしまった現在の状況を観察すると、実際のウイルスはもちろんそうだが、その恐怖心までもがパンデミックしているように思える。
イベントや旅行がキャンセルされ、学校が休校となり、地域が閉鎖されたというニュースは連日伝わってくるし、生活必需品が消えてしまった店内の風景もそこかしこで見かける。また一部では感染を恐れた人たちが、アジア人に対する人種差別的な行為を行っているという。
世界中の情報が瞬く間に伝わるようになった昨今、ウイルスの恐怖は、ウイルスそのものよりも速く伝染しているようだ。実のところ、怯えた人の恐怖の感染力はウイルスに負けず劣らず強力なのである。
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恐怖の伝染は進化によって獲得した生存のための機能
恐怖の伝染は、進化の視点から見ると古い現象で、数多くの動物で観察することができる。それは、生存には欠かすことができない機能であったということでもある。
アフリカのサバンナに、美しいレイヨウの群れがたむろしていたとしよう。突然、群れの1頭がライオンの接近を察知した。そのレイヨウはぎくりと体を硬直させるや否や、鋭く警戒の叫び声を上げて脱兎のごとく逃げ出した。次の瞬間、ほかのレイヨウたちも雪崩をうったかのようにそれに続いた。
脳は環境に存在する脅威に反応するようにできている。姿、ニオイ、音といった捕食者の存在を告げるサインは、すぐさま今の述べたようなレイヨウの生存反応を引き起こす。
johan63/iStock
脳の中でこうした反応の発端となるのは、側頭葉の内側にある「扁桃体」という領域だ。ここは受けた感覚情報の中に危険に関連した刺激があれば、すぐさまそれをキャッチする。
すると、そのサインを視床下部や脳幹といったほかの領域にも伝え、各種機能が連携した防御反応を始動させる。こうして生じるのが、強い恐怖感や体が固まるような反応、あるいは闘争・逃走反応である。
ライオンの存在に気がついたレイヨウが感じる直接的な恐怖は、こうした脳内の働きによるものだ。だが、恐怖の伝染にはさらに別のメカニズムがある。
怯えた仲間の行動がスイッチとなって恐怖が伝染する
逃げ出したレイヨウを見てそれに続くほかの仲間の行動もまた自動的なものだ。
しかし、これはライオンの襲撃が直接引き起こすものではなく、怯えた仲間の行動がスイッチとなっている。
一瞬体を硬らせ、警戒の鳴き声を上げてさっと走り出す個体の行動を見て、群れ全体がその恐怖を感じ取り、それに応じて行動するのである。
adogslifephoto/iStock
こうした動物と同じく、人間もまた他人の恐怖にえらく敏感だ。
実験的な研究からは、その敏感さは「前帯状皮質」という、右脳と左脳をつなぐ繊維の束を囲んでいる領域が関係していることが分かっている。
恐怖の表情を浮かべた他人の顔を目撃した人の脳内では、前帯状皮質が発火する。すると、この前帯状皮質から他人が怯えているというメッセージが扁桃体へと伝えられ、先述した防御反応が起きる。
こうした恐怖の伝染は、まったく見知らぬよそ者よりも、同じグループ内の仲間からの方が強く伝わる。だが、異なるグループや種からの恐怖を感じられないわけではない。
多くの動物は、進化を通じて、自分とは違う種の動物が発した警戒音を認識する能力を獲得している。たとえば、鳥の鳴き声を聞いた多くの動物が、防御反応を示すことが知られている。
無意識の反応であるために制御は困難
恐怖の伝染は、本人の意思とは勝手に、無意識に起こるので、それをコントロールするのは容易ではない。
コンサートやスポーツの試合などで集団パニックが起きるのもそうしたわけだ。誰かが銃声を聞いたと思い込んだなどして、群衆の中で恐怖が芽生えてしまうと、本当に銃声が鳴ったのかどうか確かめる術や余裕などない。
そうなるとレイヨウの群れのように、人は他人を信じるしかなくなる。恐怖が人から人へと伝搬し、助かろうと誰もが逃げ出し始める。こうしたパニックの結果、悲劇が起きることもしばしばだ。
Grandfailure/iStock
情報システムが発達したがゆえの感染力の強さ
恐怖が伝染するためには、物理的な接触は必要ない。メディアは不安を掻き立てるような画像や情報を報じているが、それだけで恐怖は十分広まる。
サバンナのレイヨウなら、捕食者から安全な距離を取れればひとまず落ち着くこともできるが、ニュースの恐ろしい画像となるとそうもいかず、危険が差し迫っているかのような感覚はいつまでも消えることがない。
ゆえに恐怖の伝染は、フェイスブックやツイッターのようなSNSを眺めていないときであっても、どんどんと拡大していく。
恐怖の伝染を食い止めるには、冷静な人を観察すること
恐怖の伝染が始める最初の反応をなくすことはできない。それは自分の意思とは関係なしに勝手に頭をもたげる感情だからだ。
しかし緩和することならできる。これは社会現象なのであって、それを制御するために有効なルールならいくつもある。
危機に関する情報に加えて、安全に関する情報を流すことだってできる。ある研究では、1人でもどっしりと落ち着いている人がいると、そうした人の観察を通じて恐怖が抑制されることが示されている。
たとえば、見たこともない動物に怯える子供がいても、平然とした大人がいれば、落ち着かせることができる。
こうした安全モデルは、保護者や何かの権威など、身近な人間や頼りにしている人間が目の届く範囲にいるときは特に効果的だ。
Shahariar Lenin from Pixabay
情報を伝える側は言葉と行動が一致していることが重要
また情報を伝える側は、言っていることとやっていることが一致していることも重要だ。
たとえば、「マスクは人にうつすのには有効だが、感染しないわけではない」という記事があったとしよう。その記事に、厳重な医療用マスクを着用しているスタッフが映る医療現場の写真が添えられていれば、人を安心させることはできないだろう。
むしろ、医療関係者が使用しているくらいだから必要に違いないと、人々は慌ててマスクを買い込むことになってしまう。
危険性と安全性に関する情報は、”明確”な行動の指示と共に、”はっきり”と伝える必要がある。
人が大きなストレスにさらされているとき、細かいニュアンスなどなかなか理解できないものだ。未知の恐怖となればなおさらだ。
重要な事実が隠されているのでは?嘘をついているんじゃないか?と疑心暗鬼となり、それがいっそうの恐怖と不安を煽る結果につながる。
人間は脅威や恐怖を他者と共有するよう進化してきた。だが、私たちはそうした脅威に対し、一致団結して立ち向かう能力をも備えているし、過去に何度もの困難に打ち勝ってきた。
希望は困難に打ち勝つ勇気を与えてくれる。今この瞬間にも実際に、世界のどこかで見知らぬ誰かが、見知らぬ誰かによって救われている。希望の光の見える方向へ一歩ずつ踏み出していこう。希望もまた連鎖するのだから。
References:Fear contagion research reveals why coronavirus anxiety can quickly spread from person to person/ written by hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
なんだかんだコロナ騒ぎも日常に溶け込みつつある気がするのは自分だけ?
簡単にパニック起こすバカな人間にもちゃんと適応力は備わってるんだなって実感してる
2. 匿名処理班
誰かの為、何かの為だと、自分以外の何かに責任を負わせるのではなく、純粋に自分や自分が守るべきものの為に、次に起こりうる事態へ備えることが大切だと思うよ。
それが結果的に社会の為、誰かの為になるからね。
必要なのは正確な情報とそれを見分ける力。少し気を抜くと襲い掛かって来る正常性バイアスに、決して惑わされない心が大切だと自分に言い聞かせ続けてるよ。
3. 匿名処理班
※1
ああ、日本人は過半がひっくり返ればそっちに倣うからな
それも一部の専門家やネットの有志が検査厨を抑えたからじゃん
イタリアの状況が決め手になったけど、8割方検査厨・不安厨だったのが
今はしれっと最初から分かってましたって顔してるよなw
4. 匿名処理班
家族がいたら恐怖は大きいし親の恐怖が子供達に感染するよね
そして街全体、世界に広がるんだろうね
自分は独り身だから呑気にしてるけど
家族がいたら最初はパニクったかも
5. 匿名処理班
パルモさん、誠実な記事をありがとうございます。
現代の情報技術の発達に感謝します。
6. 匿名処理班
そもそも今回のコロナはスペイン風邪よりかなり毒性低いよ
死亡率で差が出てるのは単純に100年前より高齢化が進んでるから
当時の世界各国の平均寿命と70歳以上の人口見れば理解出来る
今回の50歳未満の死亡率は0.3%程度
7. 匿名処理班
2018年の日本での肺炎の死者数は94,654人。これは誤嚥性肺炎を除く数字だ。
COVID-19における死者が全世界で10,000人を超えたと騒いでいるけど、この9倍以上の人が日本国内だけで、風邪などの疾患から肺炎で亡くなっているわけだ。
COVID-19が取るに足らない感染症だとは思わない。でも、人の動きや経済活動を大きく自粛して深刻な損害を出したり、不安感から過剰な買占め行動に走ったり、感染者やその周辺に対する過剰な差別をしたりしてるのを見ると、なんだかなあと思う。
まるで新型肺炎にかかったら必ず死んでしまうかのようにパニックになっている。そしてまるで新型肺炎にさえならなければ死ぬことはないかのように。そんなバカな話はない。もともと肺炎による死はこんなにも身近だったのだから。
もっと冷静になって、新型肺炎を正しく怖がり、冷静に対処すべきだと思う。現状だと長いスパンで考えると経済的な打撃の方がよほど死者を生む気がする。
8. 匿名処理班
いや、恐怖心もパニックも別に広まっていない。
広まっている、と喧伝するマスメディアがあるだけ。みな、デマや風評はきちんと理解した上で、トイペやティッシュを買い占められると単に自分に不都合が起こるから、確保しておこうと合理的に行動している。
ショッピングモールやスーパーから人がいなくなるわけでもない。きちんとマスクをし、手洗いうがいをして休日を楽しんでいる。
テレビや新聞こそ、自分達の利益の為に世論を煽り恐怖を増殖したがっているのだろうが、いまやネットのおかげで無理になった。
9. 匿名処理班
コロナの問題は症状や致死率じゃない
感染力と社会を麻痺させる力
単に恐れてなくても面接臭いだろって話なんだよな
10. 匿名処理班
2017年〜2018年の一年間にインフルエンザによってアメリカだけで6万1000人もの人が亡くなった
薬もワクチンもある病気だからという理由もあるだろうがそれだけの人が亡くなってもどの国も恐慌は起こさなかった
今回の恐慌はウイルスそのものよりも未知に対する恐怖が肥大した結果の気がする
11. 匿名処理班
何かが起きた時、大抵の場合一番人を殺すのはパニック
12. 匿名処理班
私は毎朝ウォーキングをしていますが、使い捨てマスクや使用済みティッシュのポイ捨てを見かけるようになりました。歩きながらのポイ捨ては人目に付きやすそうなのでおそらくは車窓からのポイ捨てかな?と思います。自分さえ良ければいいの極みだなぁと感じました。やってることは廃棄物処理法違反になりかねないことのようにも思えます。もっとも私もポイ捨てられたそれらを見つけても気持ち悪いのでそのまま通り過ぎる見て見ぬふり野郎なので、私も恐怖に感染した一人なのかなって思いました。役所に相談したところ同様の苦情がきているとのことだったので、広報などで注意を呼び掛けてくれるといいなと期待しています。でもポイ捨てする人はそれでもするんだろうな…
13. 匿名処理班
恐怖心俺の心に恐怖心
14. 匿名処理班
※3
とはいえ、地方民だけど行政の対応も良くなかったとは思う。
家族が流行りだした時期に調子崩して肺炎になった時、家族の仕事柄中国関係と接触多いし症状も連絡して指示を仰いで言われてたのに合致してたが頑なに検査しようとしなくて説得に時間かなりかかったしね
15. 匿名処理班
正直今回のコロナ騒ぎで、一番厄介なのはそれそのものではなくて、それがどういうものかを調べることができるのに調べることもなく恐れる連中ってのがとてもよくわかったよ
言い方は悪いけど世の中は自分たちが思ってる以上に頭が悪いんだなって
16. 匿名処理班
集団パニックってやつかな
恐怖心と思い込みで時には本当に症状を出してしまったりするってアメリカのドラマで観ました
17. 匿名処理班
イシュヴァール人の手帳を解読し
逆転の錬成陣を完成させ
サタ…サンタのリトルヘルパーの手を借りなければ
18. 匿名処理班
>>3
マスコミほんまええ加減にしてほしい
公共の電波使ってパニック誘発とかほとんど内乱罪やろ
19. 匿名処理班
日本には『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言う便利な言葉がありますから。とはいえ、正しく知って、正しく恐れて、正しく守りたいと思います。