近世の貴族たちの間で流行っていた野生動物の排泄物の香水 image by:public domain/wikimedia
においとは奇妙な感覚だ。 ドルチェアンドガッバーナの香水のせいだよ〜ぐらいだったらまだ良いほうだ。
フランスの美術史家ユージーン・ヴィオレール・デュクは、かつてルイ15世の宮廷にいたお年を召したさる貴婦人が、人の排泄物で臭う廊下を歩きながら、"このにおいは古き良き時代を思い出させるわ!"と叫んだと書いている。
彼女が子供のころ過ごしたベルサイユの時代は過ぎ去ってしまったが、その懐かしい"におい"が彼女の記憶を再び呼び覚ましたのだ。
当時のヨーロッパは、今と比べると考えられないほど衛生感覚が欠如していた時代だった。屋外便所や肥溜めから漂ってくる悪臭は、かのご婦人の記憶を揺さぶる、忘れようにも忘れられない独特な"におい"の一部だったのた。
しかし、こうした悪臭を放つものは、糞尿をためる便器だけではなかった。
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18世紀前半、フランスで流行したクセの強い香水
18世紀、ルイ15世の時代は、牙をもつジャコウジカの腹部やジャコウネコの股間からとれるジャコウ(ムスク)、マッコウクジラの腸で作られる竜涎香(りゅうぜんこう)など、野生動物のにおいをそのまま直接身にまとうのがファッショントレンドだった。
高貴な方々は、野生動物が自分の縄張りを主張するためにまき散らす、獣臭そのものの、クセの強い"におい"を香水として使っていたのだ。
自然の状態ならば、こうしたにおい物質は、予想通り悪臭しかしない。
例えば、ジャコウネコのにおいは、ヴァージニア州の最初の入植者たちが、森周辺にいるスカンクの臭いが、地元のジャコウネコの品種だと考えたことによって特定され、この分泌物をビン詰めして売って儲けようとしたという経緯がある。同じ流れで、人間の排泄物も西洋のジャコウとされることもあったという。
ジャコウネコ image by:WIKI commons
獣臭が当時流行した理由
なぜ当時、動物たちの悪臭がこんなに人気になったのだろう?
吐き気をもよおすようなにおいと、えもいえぬ良いにおいとの違いは、その濃縮具合によって生み出される。なにも手を加えなければ、糞便のものすごいにおいだけだが、水で薄め、他の香りと混ぜると、香水が長持ちして肌に残り、なんともいえない体臭を漂わせる。
ほんの少し、エッセンスとして使用する獣臭ならば、淫らな気分を導き、官能と結びつく。アーティストでデザイナーのリー・ジェンセンは、今日でも多くの人気フレグランスの原料は、獣臭を放つものが多少は入っているという。
没薬(ミルラ)、エゴノキ、ラブダナムなどの香りは、頭皮の汗臭さや刺激臭がするバルサミコ酢のようなにおいだと思うかもしれない。コスタスの根からとった油は、官能を呼び覚ます香りがするが、ベーコンの脂のにおいによく似ている。ハイビスカスからはアンブレッドシードオイルがとれるが、これはムスクと同じように、強い汗と脂のにおいがする
だが当時は希釈することなく、ダイレクトに悪臭を身にまとっていた。
動物のにおいを取り入れるのには、もっと実用的な理由があったようだ。昔の医者は鼻腔は脳に直接つながっていると考えていた。つまり、においが体にかなりの影響を及ぼすということだ。
イタリアの医師ジョヴァンニ・カルダノはこう書いている。「感覚の中で嗅覚だけが、人間を骨抜きにし、別人にしてしまうことがある」
こうした意味で、動物由来のクセの強い香水がもてはやされたのは、いい香りよりも、強い香りのほうが利点があったからだ。強いにおいは、病人や死にかけている人がかもし出す不吉なにおいを打ち消し、身を守る盾になってくれる可能性があったのだ。
この頃から、旅人は、香のパウダーや沈香などを持ち歩くようになった。宿屋の部屋でこれらを火で炙って焚きこめば、消毒になる。
女性たちは、マッコウクジラの腸内で生成される竜涎香(アンバー)を詰めたビーズのネックレスをつけ、香水の入った小さなフラスコのイヤリングをつけた。毒の香水を使った殺人の噂がささやかれ、身を守るには、常に強い香りを漂わせているのが一番だとされた。
iStock
18世紀後半に獣臭トレンドはすたれていく
だが、ファッションは変わるもの。医療もまたしかりだ。18世紀半ばまでに、人気の悪臭トレンドは、きっぱりと嫌われるようになり、医師たちは患者に強い香りで燻蒸消毒するのではなく、脱臭するよう勧めるようになった。
衛生学という概念が主流になると、ドレスのひだやウィッグのカールや、扇をあおいでにおいをまき散らすよりも、さわやかな花の香りなどをそこはかとなく漂わせるのが新たなトレンドとなった。
新たな消臭世界になったらなったで、かの老貴婦人は失われた時代の悪臭を懐かしく思い出してため息をつくのかもしれない。
References:daily.jstor/ written by konohazuku / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
哺乳類の糞臭を出すスカトール(そのままの名前だ)は現代でも多くの香水に使われてるみたいですね。流石に糞からは作ってないと思うけど……。
獣臭が香水としては廃れても、人間は猫の腹に鼻をつっこみたがる。
2. 匿名処理班
淫臭とでも呼ぶべきか。
当時のフランスは性に奔放だったイメージがあるけど、
変態オジサンがブーツの蒸れた臭いとか脇の臭いとかに興奮するのと同じかな。
3. 匿名処理班
フランスは一週間脇の下に挟んだりんごを食わせるみたいな変な文化あったしな
4. 匿名処理班
屁をものすごい希釈するとシャネルNo. 5になるってどっかで聞いたような…
5. 匿名処理班
動物由来の香料は、現在は動物福祉の観点と希少性からまず使われてない。シベットは動物を殺さずに持続可能に採取できるらしいけど、現実的な流通量はない。ムスクもアンバーもシベットも合成香料で似せてるだけやね。植物由来のオークモスすら合成に置き換わってるくらいだから。
6. 匿名処理班
今の時代でよかった。
香りの好き嫌いに個人差はあるけど、
ダイレクトな糞臭の香水を見にまとう人はいない。
まあ昔の人にはそれが普通だったんだろうけど。
7. 匿名処理班
昔、パフュームって映画があったけど、あれはいつ頃の話なんだ?
もしかして…
8. 匿名処理班
香水は今でも普通に臭腺から作るのあるし
別になぁ
9. 匿名処理班
動物学の本でう〇こをすっげぇ薄めるとラヴェンダーかジャスミンの香りに近いと書いてあった。
10. 匿名処理班
さわやかな花の香りをまとうようになったのは18世紀以降とは
11. 匿名処理班
自分が臭いから香水が発達したらしいけど
何故風呂に入る方へ向かなかったのかが一番の疑問だった
元から臭い匂いに抵抗少なかったって事なのか?