「父の友人」と名乗っていた人が実は…
私の両親は、私が小学校2年生のときに離婚しました。
母に「お父さんとお母さんは別々に暮らすことになった」と切り出されたときのことは、今でも鮮明に覚えています。私は「いやだ、いやだ」と繰り返しながら泣きじゃくり、母も私を抱きしめながら静かに泣いていました。
私の父は、今考えれば、ずいぶんひどい男です。仕事を辞めてチャレンジした起業に失敗。それを立て直すこともできず、離婚当時は母にだけ働かせて、自分はろくに働いていないばかりか、借金まであったそうです。
暴言暴力こそ(少なくとも私が覚えている限りは)無かったものの、ギャンブル好きで、しかも外に女まで作っていました。離婚後、その女性を平然と私に会わせる程度には最低な父親でした。
それでも、子供だった当時の私にとっては、ただただ大好きな父親でした。
離婚後もしばらくは、月に1回程度父に会っていました。会う場所は、父が転がり込んだ父の彼女の家です。父にはお金も仕事もない、おまけに借金取りに追われているような体たらくだから、住み家というより「隠れ家」といっても良い家です。
当然、当時の私はそのあたりの状況は何ひとつ飲み込めていません。父に会えるし、父と一緒に生活している女性は優しいし、と特に抵抗なく状況を受け入れていました。
ところで、父には何人か友人がいました。両親の離婚前にも、何度か父を訪ねて我が家を訪れました。特によく覚えているのが、茶髪で眼鏡をかけた青年です。彼は物腰が柔らかく、父の友人の中でも特に頻繁に我が家を訪れていました。
その彼が、両親の離婚後にも我が家を訪れたことがあります。
父の友人は言いました。「ねえ、お父さんが今住んでいる場所知ってる?」
私は「知ってる」と答えました。
すると父の友人は嬉しそうに尋ねました。「本当?じゃあ…案内できる?」
私はもう、父の車に乗せられて、何度もその家に行っていたので、道案内には自信がありました。私は、うん、と答えました。
それから私は、父の友人の車の助手席に乗って、道案内をしました。父の家への道はやっぱりよく覚えていて、私たちは滞りなく父の家…とあるアパートの一部屋です…の前まで来ました。
「どの家?」「あれ」「へえ。どの部屋?」「あそこ。右のすみっこ」
私たちはそんなやりとりをしました。
私はてっきり、父の友人は車を降りて、父の家へと向かうと思いました。父に会いに来たに違いないと思ったからです。
しかし、父の友人は「分かった、ありがとう。じゃあ、帰ろうか」といって、車を再び発進させてしまいました。
私は、あれ、父に会いに行かないんだ、と思いながらも、大人がすることですから、そんなこともあるんだなぁと思いながら大人しく助手席に揺られ、そのまま帰宅しました。
それからしばらくして、父と連絡が取れなくなりました。何度かけても、父が電話に出なくなったのです。いいえ、電話自体繋がらなくなっていたかもしれません。その辺りの記憶はあいまいですが、父の元へとつながらない電話を何度も何度もかけながら、「約束したのに、約束したのに」と泣きじゃくったことだけは鮮烈に覚えています。
何の約束かは覚えていません。たぶん、何日おきに電話をするというような約束をしていたのでしょう。
結局、父とはそれっきり、二度と会えませんでした。
成長するにつれ、離婚というのがデリケートな問題だと認識するようになった私は、家で父についての話題を出すことを避けるようになりました。父のことは母にとっては嫌な思い出でしょうから、当然、母から口にすることもありません。
お互いに抵抗なく父のことを口にできるようになったのは、本当につい最近のことです。
ある日、母と私で買い物がてら、父に関する思い出話をちらほらと話していたとき、ふと父の友人とのドライブを思い出して、そのことを母に話しました。
すると母は絶句し、「お父さんの友達って、あの眼鏡かけた人?」と硬い声で尋ねてきました。
私は「え?うん、そうそう。あの人うちによく来てたよね」というと、母は衝撃的な一言を放ったのです。
「あの人、借金取りだよ」
その一言に、私は飛び上がらんばかりに驚きました。
しかし、もっと驚いていたのは母の方です。「車に乗せられたって、いつ?」「うわ~信じられない」「そんなことがあったの、知らなかった」としきりに恐々とした声をあげ、「そんな人についていっちゃだめだよ」と、もうすっかり大人になった私に言います。
そんな人もなにも、私は本当に、あの人が父の善良な友人だと信じて疑わなかったのですから。しかし…人当たりが良いからこそ、借金取りの窓口としてあの人は最適だったのでしょう。
父の友人とのドライブの思い出は、一気に過去の恐怖体験へと様変わりしました。本当に、何事もなく帰ってこれて良かった。
しかし…あのあと父はどうなったのでしょう。フィクションじゃないんだから、さすがに殺されるようなことはないと思いますが…しかしそれも、今となってはどうでもいいことです。
提供:
奇々怪々-怖い話投稿
引用元:(作者:半田鏝 /
「父の友人」と名乗っていた人が実は…)